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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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優しくない子-3


「は、はい! 奥様!!」

 ディーナは血と泥で汚れた布を、急いで干草の底に突っ込んで隠し、コップだけを手に持つ。
 これを取りに納屋へ行ったと言えば、コップを盗んだと鞭打たれるだろうけど、それ以上の詮索はされないはずだ。

「……私、誰にも言わないから」

 人狼少年に小さな声で告げ、背筋を強ばらせながら外へ飛び出した。

 そして、散々鞭打たれたディーナが、ふらつきながら干草小屋に戻ると、もう人狼少年の姿はなく、干草に隠した汚れ布も一緒に消えていた。
 数日経っても、付近で人狼の少年が捕まったという噂は聞こえず、彼は無事にどこかへ逃げられたのかと、ディーナは安堵した。


 密かな事件の記憶は、やがて過酷な日々の中で押しつぶされ、すっかり薄れていき……

 ディーナは先ほど、ようやくあの人狼少年のことを思い出し、同時に彼の名を知ることとなったのだ。

 *****

「――なるほど。あの人狼小僧が、お前にベタ惚れするわけだ」

 ディーナが、迷子になった後の出来事と共に、遠い日の出会いも話し終えると、カミルがボソリと呟いた。

「えっ!? こんなに小さくて固いパンしか、あげられなかったんですよ?」

 驚いて、親指と人差し指で小さな丸を作って見せたが、カミルは顔をしかめて首を振る。

「量や質だけで、必ずしも価値は決まらん」

「……?」

 カミルの言いたいことがよく解らず、ディーナは困惑して視線を彷徨わせた。
 今いるのは、見慣れぬ民家の一室だ。
 それほど広くはなく、置かれた家具はディーナが腰掛けている寝台と、カミルが座っている木の椅子に、小さな文机が一つあるだけ。
 それでも殺風景な雰囲気にならないのは、壁に飾られた見事なタペストリーと、繊細なレースの淵飾りが美しいカーテンのおかげだろう。

 ここは、カミルが昔から血を購入している闇医者の、診療所兼住居らしい。

 小路で抱きあげられた所までは覚えているが、極度の緊張や動揺が重なったディーナは、そのまま気絶してしまい、気がついたらこの部屋で寝かされていた。

 医者はちょうど留守にしているそうだが、助手だという眼鏡をかけた少年が先ほど、薬草茶を持ってきてくれた。
 ほんわりと身体に染み入る温かな茶を飲み乾し、ディーナはようやく落ち着いて、カミルに詳細を話せたのだ。

「……お前も、アイツと同じような状況だろうが」

 微妙な沈黙を、カミルの低い声が破った。

「私が同じ?」

「それまでの環境が酷すぎたから……ほんの少し普通に扱われただけで、俺に懐いた」

 後半は非常に早口で言ったカミルは、眉間の皴をさらに深くし、フイと顔をそらしてしまう。

「あ……」

 ようやくカミルの言いたいことが理解でき、ディーナは小さく声をあげた。

「それは……で、でも! 無条件に懐いたりはしていません! 旦那さまは、せっかく美形なのに口と目つきが比例して悪いのが残念とか、私の胸の悩みに理解が全くないのが酷いとか、思っています! ちゃんと!」

 思わず本音を口走ってしまうと、傍らの机に頬杖をついていたカミルが、ガクンと手を滑らせた。
 硬い天板に顎を打ちつけたのか、鈍い音が響く。

「旦那さま!?」

「……そんな風に思ってたのか」

 頭を抱えて突っ伏したカミルが、両腕の隙間から呻くような震え声を漏らす。

「あ、はいっ! ……じゃなくてっ! ええと、肝心なのは……」

 ディーナはうろたえながら、必死で適切な言葉を探す。
 カミルが言うように、バロッコ夫妻に痛めつけられた反動のせいで、あっさりほだされたのだと思っていた時期もあるが、今ではそれが間違いだと気づいた。

「私は単純だから……優しくされれば、すぐ好きになりますけど……その分、どんなに優しくして貰ったって……嫌いになる時はきっと、あっさり嫌いになっちゃいます」

 心の中ではしっかり確信していることなのに、きちんと言葉にしようとすると、上手く表現できない。
 声が詰まってしまうと、ようやくカミルが顔をあげてこちらを見た。

「っ……でも、旦那さまは、ほんの少しじゃなくて、すごく、たくさん……ずっと優しくしてくれるから……」

 無愛想なしかめっ面なのに、どこか困惑しているように見えるカミルを、ディーナはしっかりと見つめる。頬がやけに火照って、耳までじんじんと熱くなってきた。



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