再会-5
「なっ……誰だ、お前は……こ、この娘は……わしの身内だぞ!」
バロッコは肩を抑えてブルブルと震わえながら、それでも切り札というようにまた『身内』という言葉を持ち出してきた。
まるで、その言葉さえあれば、ディーナを自分の所有物にするのは当然とでも言いたげだ。
しかし、その台詞を言い終えるやいな青年の姿は消え、蛙の潰れたような悲鳴がバロッコからあがる。
「身内? 人間ってのは、変なのにこだわるよな。面倒くせぇ」
どうやったのか、一瞬でバロッコの背後に回りこんだ青年が、そのぶよぶよした襟首を掴んで片手で持ち上げていた。
やつれているとはいえ、バロッコの丸い身体はそれなりの重量だろうに、子猫でも扱うように軽々と持ち上げている。
髪と同色をした青年の鋭い目が、鋭くギラついた。犬歯の目立つ口元がニヤリと歪む。
「そんなもん、知るか」
そのまま青年がひょいと手首を振ると、太った男の身体は小路の奥へと飛んでいった。
バロッコの悲鳴と、金属や木材の崩れるような音を、ディーナは茫然と立ち尽くしたまま聞いていた。
現実感の薄い、凍結したように痺れた意識の中で、はっきりと状況を噛み砕けない。
足が動かなくて逃げ出すことも出来ず、バロッコを投げた青年がこちらを振り向くのを、馬鹿みたいに突っ立ったまま眺めているだけだ。
そして、次の瞬間。
「ディーナ! やっと……やっと見つけた!」
青年が感極まった声で叫び、ディーナはその両腕に、しっかりと抱きしめられていた。
「っ!?」
驚愕にディーナの身体がいっそう強張り、喉がヒクッと引きつる。
この青年は今、なんと言った?
……見つけた?
通りすがりの少女が絡まれていると思い、たまたま助けてくれたのでは……?
身動きすらできないほど強く抱きしめられながら、まだ痺れの抜けきれない頭の中に、疑問符を重ねる。
そう言えば彼は先ほど……はっきりと、ディーナの名前を口にしたような気もする。
「良かったああ!! 潰れた農場を見た時は、ブッ倒れそうになったんだぜ!? 探そうにも、ディーナって名前は多いだろ? なかなか見つからなくって、焦りまくった!」
そんなディーナの混乱を他所に、青年は興奮しきった調子で話しまくっていた。
「今朝、あのクズ野郎をなんとか見つけたんだけど、ディーナは一緒にいないみたいだからさ。アイツを締め上げて情報吐かせようかと、様子を見てたら……」
そこまで一気にまくしたてた所で、青年はようやく、ディーナが青ざめて黙っているのに気付いたらしい。
抱きしめる手を解き、長身を僅かに屈めて顔を覗き込んでくる。
「ディーナ?」
指先で頬を撫でられて、ディーナの身体が反射的にビクンと跳ねた。
「誰……です、か……?」
助けて貰ったお礼を言わなければと思うのに、身体中が震えて、やっと出た掠れ声はそれだけだった。
青年の瞳が驚いたように大きく見開かれ、頬から指が離れる。
「そ……っか。解らなくて当然だ。あの時、俺はまだガキで、名前も言わなかったし……俺の名前、リアンって言うんだ。覚えてくれよ」
当然と言いつつ、青年はとても落ち込んでしまったようだ。
しょぼんと眉尻を下げたその様子は、なんとなく飼い主に捨てられた犬のようにも見え、ディーナにたっぷり罪悪感を与えた。
「あ、あの……ごめんなさい、私……」
ディーナは懸命に彼のことを思い出そうとしたが、どうしても心当たりがない。
村にいた子どもの一人だろうか?
しかし、バロッコ夫妻に引き取られた先の村で、ディーナには同年の友達など一人もいなかった。
同じ年頃の子たちが遊ぶのを遠目に羨ましく眺めても、そこに混じって遊ぶ余裕などなかったのだ。
困惑し、落ち着き無く視線を彷徨わせるディーナに、リアン青年が苦笑した。
「驚かせてごめんな。俺はディーナを一日だって忘れたことはなくて、匂いもちゃんと覚えてたから……。さっきも傍を通りかかった時に、すぐ気がつけたんだ」
「……え?」
その言葉に、頭の隅で何かがチカリと光った。
―― 半分、あげる。
まだ幼かった自分の声が脳裏に響く。
周囲の風景が瞬時にして、暗い干草小屋へと変わったような気がした。
干草山の前でうずくまり、牙を剥いて唸っていたのは……。
「っ!」
だが、ディーナが口を開く寸前、リアンが弾かれたように後を振り返った。