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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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悩み事-1

 *****

 酷い……この子、傷だらけだ。それに、何日も食べてないみたい。
 でも、私だってすごくお腹が空ているんだ。ここでは私、あんまり優しくしてもらえないの。今日も貰えたのは、この小さなパンとベーコンの切れ端だけ……だから、ごめんね。
 ―― 全部はあげられない、半分あげる。

 *****

 蒸し暑い夜の続いた夏も終り、涼やかな夜風が吹きだす季節となった。
 ディーナは寝室の窓を開けて夜空を見上げる。ビロードのように滑らかな黒の中で、いつか見た夢にそっくりの、大きな丸い銀の月が輝いていた。

 しかし夢とは違い、月光の中で不安に駆られながら帰宅を急ぐ必要はない。
 ここが、ディーナの帰る場所だ。

 ディーナはしばし美しい夜空を堪能してから、寝室の窓から頭を引っ込める。そして朝陽が差し込まぬように、鎧戸をきっちり閉めた。
 いつもならもう寝台へ入っている時間だが、カミルは工房で何かすることが残っていたらしく、先に眠っていろと言われている。

 ディーナは寝台の上へペタン座り込むと、肩越しに振り返って、寝室の扉がちゃんと閉まっているのを確認した。

(よしっ! 旦那さまが来ないうちに……)

 両手を胸の前でパンっと打ち合わせた。
 先週、市場へ買い物に行った時に、ディーナの悩みを聞いた肉屋のおかみさんが、このちょっとした『おまじない』を教えてくれたのだ。
 それからというものディーナは、カミルに見られないよう気をつけながら、毎日かかさず熱心に行っている。

 手首が直角になる位置まで肘を上げ、すうっと深く息を吸う。両手を合わせたまま深く息を吐き、強く両手を押し合わせた。息をすっかり吐き終わると、また深呼吸を繰り返す。
 ランタンの中で光る魔法鉱石が、神に祈りを捧げるような少女のシルエットを、クリーム色の壁に大きく投影していた。

「……就寝前の祈りなんざ珍しいな。宗旨替えでもしたのか?」

「ひゃぁっ!?」

 唐突に背後から声をかけられ、ディーナは飛び上がらんばかりに振り向く。扉の開く音など全くしなかったのに、いつのまにか寝台の脇にカミルが立っていた。

「だ、だ、旦那さまっ!」

「眠っているかと思って静かに入ったら……」

 ギシリと寝台を軋ませ、カミルがディーナの隣に座る。
 もう用事は済んだのか、東風の寝間着に着替えていた。腰帯で留めた藍色の着物は、この地域ではあまり一般的でない代物だが、カミルが着ると非常に素敵に見える。

「邪魔して悪かったな、気にせず続けろ」

 小さな子どもにでもするように、頭を軽く撫でられた。
 表情も声も、相変わらず無愛想そのもの。なのに、確かに優しい感情を向けられているのが伝わってきて、ディーナの心臓がドキンと跳ねる。

「いえ……お祈りじゃないんです」

 ディーナは顔を赤くして、居心地悪く視線をさまよわせる。

 まだ両親が生きていた頃は、毎晩眠る前にお祈りをしていた。
 両親はとても信心深くて、誰にでも優しい人達だった。たとえ嫌いな相手でも困っていれば助けなさいと娘に教え、自分達もその通りにしていた。

 ―― そんなだから、騙されて他人の借金を背負わされたあげく、身体を壊して死んだのだと、ディーナは両親の死後に自分を引き取った農場の夫妻から散々聞かされた。

 それ以来、お祈りなんかもうずっとしていない。
 両親の死と農場で過ごした辛い日々は、ディーナから神様を信じて敬う気持ちを、すっかり消してしまった。

「毎日これをやると……その……私の悩みに効くって聞いて……」

「効く? ……どこか具合でも悪いのか?」

 カミルにいぶかしげな視線を向けられ、ディーナの顔がさらに真っ赤になる。
 つい、余計なことを口走ってしまった。



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