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『Twins&Lovers』
【学園物 官能小説】

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『Twins&Lovers』-80

「目標というおこがましいことはよう言わんけど、好きな先生ならいます」
「それは?」
「安納郷市」
「!?」
 その名に聞き覚えがないのか、智子と美野里は怪訝な顔つきである。しかし、ひとりだけ、その名に過敏に反応した人物がいた。言うまでもなく、ふたみである。
「あのうごうし……」
「ご存知ありませんか?」
「その人のジャンルは?」
 心当たりがないことに、いささか焦りを感じたか、智子はヒントを求めるように問い掛けてくる。素直に知らないと言わないあたり、自負心の強さがうかがえてくる。
「ズバリ、官能小説」
 そんな智子に対して、真面目な顔つきで人差し指を立て、兵太は臆することなく言い切った。
「かんのう……?」
 智子と美野里は、しばし思案顔だったが、やがてその意味を理解し、互いに全く異なる表情を浮かべた。
「か、か、か、か、官能って………え、え、エッチなヤツですよね」
 顔を真っ赤にして、おろおろしているのは美野里。
「…………」
 無言のまま、浮かべるべき表情に困っているのは智子。
「き、君は、なかなか、大人物だな……」
 そう、搾り出すように言葉をつなげるのがやっとだった。
「男女比1対3のこの状況で、そ、その……小説のジャンルを口にするとは……」
 智子の頬が赤い。それでも、肩肘張っている物言いに、思わず兵太は苦笑する。
「TPOをわきまえん発言なのは知ってます。でもね、ワイは正直、官能小説は強烈な表現力を必要とされる世界やと思うとりますし、その点にかなり関心がありますねん」
「ほう……」
「まあ、エロに興味があるいうんは、オトコの性ですけどね」
「…………」
 ここまであっけらかんと言われると、智子としても苦笑するしかない。
「実は、いろいろ持ってきました」
 いうなり、数冊の文庫本を机に並べる轟兵太。全て、著者は安納郷市のものだ。
 ぼふっ、という擬音を当てはめたいほどに、美野里の顔が紅潮している。智子も、平静を装っているが、動揺を隠せていない。
「み、見た目は、普通の、現代小説のようだが……」
「さすがに、ハードな装丁のやつは、学校に持ってくるのは勇気が要ります」
「さ、さもありなん」
 わけのわからない呟きとともに、智子は間近にあった文庫本を手にとった。
それは安納郷市の初期短編集『学園』。智子は、早速その世界に引き込まれているらしい。徐々に紅潮していく様から、どんな内容にたどり着いたか良くわかって、兵太はなかなか楽しい。
「ど、どうしよ……」
 一方、美野里はというと、恐る恐る手にした一冊の本を前にうろたえていた。正直、興味はあるが、読むのはとても恥ずかしくて仕方がない。
「ふ、ふたみ……」
 おそらく、同じように狼狽しているであろう仲良しさんを見てみると、なんと彼女は既に一冊の本を開いて、その世界の中に没頭していた。
「え、え、え、え?」
 男子を前にすると途端にあがってしまうほど奥手のふたみが、その男子生徒を前に臆することなく官能小説を読んでいる……。その、予想もできない状況に、美野里はますます困惑してしまう。
「……………」
 そんな友人の狼狽も余所に、ふたみの意識は兵太が並べた文庫本のなかに全く知らない表題を見つけたときから、それにのみ集中していた。
『恋心』と記されたその短編集は、勇太郎や自分の蒐集物にはないものだ。読んでみたい、という俄かに高まった関心は、すぐにその本へとふたみを誘った。
今現在の状況を、全て忘れさせて、ふたみは安納郷市の世界にひき込まれていた―――――。


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