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a village
【二次創作 その他小説】

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J-9

 夕方──。終業の時刻を迎えて子供逹が、わらわらと校舎から飛び出して来た。

「雛子せんせーい!また明日」
「気をつけて帰るのよ!」

 雛子は、教室の窓辺に立ち、控え目な笑みで子供逹を見送り続ける。
 此処からの時間、殆どの子供には別の役割が待っている。それが判っているからこそ、どうしても満面の笑みで、送る気になれ無かった。

 しかし、手伝いという観点だけで言えば、貧富など何ら関連は無い。恵まれた部類の子供でさえ、登校前や放課後に手伝いをやるのは、当たり前だった。
 現に雛子は、庭や風呂の掃除は勿論、火起こしに御使い等と、日によって内容は区々(まちまち)だが、幼少の頃から就職の少し前迄、病気以外で手伝いが無かった日など、皆無だったと記憶している。

 ──要は、教育に対する捉え方に問題が有るのだ。と、雛子は思っていた。

 身体に辛い手伝いが、勤勉意欲を削いでしまう事も原因の一つだろうが、何より“百姓に学問は不要”とする悪しき慣習こそ、根源なのだと。

(そう言えば、あの時……)

 雛子の脳裡に、ある日の出来事が甦る。

「子供は良いよなあ……」

 それは、昭和十九年の元旦。疎開先の長野で迎えた、初めての新年での事だった。
 更に、深刻さを増した物資不足の中で、人々は、慎ましいながらも正月を祝おうとした。

 無論、雛子の家も同様に、団子を鏡餅代わりに飾り、具が菜っ葉だけの水団(すいとん)を雑煮に見立てる等、辛い状況の中にあっても、精一杯、新しい年を祝おうとした。
 そんな、正常で無い元旦の夕べ。団欒の中で三朗は、光太郎と雛子に年頭の目標を訊ねた。

 それは、河野家の恒例行事となっていた。

 雛子は、この時、初めて教師になりたい事を告げた。
 聞いた三朗は、最初、目を大きく見開いて驚いた様子だったが、直ぐに優しい顔に変わると、冒頭の言葉を言い放ったのだ。

「どういう意味ですか?」

 雛子は“子供”という部分に殊更に反応した──。春には、女学生となる年頃を迎え、“大人への反抗心”が芽生え出す年頃になっていた。
 だから、三朗に小馬鹿にされたのかと勘繰ってしまったのだが、

「お前逹は、儂から見れば、まるで白いカンバスみたいだと言う意味だ」

 どうやら、雛子の勘繰りは的外れだったが、その意味する所が解らないのは同じだ。

「私や兄さんが白いカンバス?」
「そうだ」

 三朗は大きく頷いて、言葉を続けた。

「──お前逹は、未だ、何色にも染まっていない。そして、どんな者にも成りうる可能性を秘めている。そういう意味だ」

 尤もそうな意見だが、雛子は納得していない。昨年の暮れ、「日本は戦争に敗ける」と聞かされて以来、三朗の見解には、些か疑問を持つ様になっていた。


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