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【箱庭の住人達〜荊の苑〜】
【学園物 官能小説】

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第二話-9

  ◆  ◆  ◆

「ただいま帰りました」
 玄関ホールで声を上げ靴を脱いでいると、エプロンを着けた五十代の女性が少年を出迎える。住み込みで雇われている家政婦の須美(すみ)だ。
「お帰りなさいませ、孝顕さん。お夕飯の用意はしてありますから、いつでも仰って下さいね」
「はい。ありがとう御座います」
 軽く言葉を交わすだけで、生真面目な家政婦はそそくさと自分の仕事に戻っていく。
 廊下を歩き去る後ろ姿に何となく声を掛けようと思い孝顕は口を開いた。が、それで何を話すのだと考え直し、結局、須美が家事室に入るまで見送って階段を上がった。
 自分の部屋に入ると鞄を床へ放り、制服を乱雑に脱ぎ捨てる。ふわりと漂った香水の匂いに顔を顰めた。着替えを手にすると再び階下へ向かう。
 佐伯との関係が始まってからというもの、少年は学院から帰ると食事の前にまず風呂に入るのが習慣になった。女の匂いや行為の残滓を、少しでも早く消し去りたいのだ。
 入浴を済ませ服を身につけながら、しきりと自分の身体に触れた。納得するまで散々色々と見回して、ようやく身体から緊張が抜ける。バスタオルで湿った髪の毛をぬぐいながら壁に設置された鏡をぼうっと見つめているうち、性交の痕跡を必死になって消そうとしている己が情けなくなってきた。
 生活指導員でも誰でもいい、大人に言えばいい。そうすれば二人の関係は終る。先生はどうなるか分からないが、少なくとも自身はまだ法的に守られる立場にいる。簡単な事だ。迷う事など何もない。
 今まで何度も繰り返し考えてきたことを、性懲りも無く弄(いじく)り回す。

 誰かに────……。

 そこまで考えて、いつもぷつりと思考が途切れてしまった。誰に告げるのが自分にとって一番良いのか。
 親に話すという事は端から考えていなかった。少年とこの家の住人達との関係は微妙で複雑だ。理由は多々あるが、父親との関係が最悪なのだ。
 家政婦達、学園の教師達、友人……。正面から真面目に受け止めてくれる人間はいるのだろうか? 品行方正、優等生と思われている少年が、こんな事態に陥っていると周囲に知れたら。それでも普通に接してくれる人間は、果たして存在するのだろうか。
「…………」
 余りにも希薄な人間関係に、孝顕は我ながらうんざりした。
 信頼できる大人達も気の置けない友人もいない。常に人と距離をとってきたのだから当たり前だ。そもそも簡単に助けを求められるほど、周囲の人間を信用していない。せめてもう少しどこかに綻びを作っておけば、何かしらの行動に移ることも容易(たやす)かっただろうに。
 事ここに至って、優等生を演じ続けたことが裏目に出ていた。
 大人達が望む子供であること。優秀な生徒であること。大賀美家に引き取られて以来、自分を守るために作り上げたその殻が、少年自身に重くのしかかっていた。


「…………」
 携帯の画面に映し出されたメールの文面を確認すると、孝顕の唇から大仰な溜息が零れ出た。夕食を済ませ、部屋で明日の予習をしていた時だ。遅い時間に届いたメールを嫌々開いた。
 相手は佐伯。
 明後日の放課後、彼女の元へ行かなければならない。場所が指定されていないのは、彼女の予定と状況による所が多分にあるからだ。当日になったら臨機応変に対処するしかない。
 再び溜息をつくと携帯を机の隅にあるクレイドルに戻した。棚に置かれた時計に目をやり、机の上に広げたノートや教科書を片付ける。
 すっかりやる気がうせた孝顕は、パジャマに着替えるとロフトベッドに上がり、部屋の明かりを落とした。

  ◆  ◆  ◆


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