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短編集ー1−
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方向が違いますから-1

 方向が違いますから

 坂本佐枝は二十八才背丈もあり少し肉の付いたスタイルは抜群で、それに目を見はる美人である。

 山陰の漁村の雇われ漁師の娘である。

 十七才高校三年生に上がる前に町の有力者の息子にせがまれ、漁船を一艘買ってやると言う話で嫁に行った。

 夫は二十五才町では有名な遊び人であった。佐枝は結婚翌年に長男、翌年次男、四年目妊娠していたが、夫が、女が出来たからお前は里に帰れ、と追い出されそのまま離婚、実家で長女を産んだ。

 出産後一年ほど鮮魚会社に働いた。男がつきまとうので関西へ子供を連れて逃げるようにしてきて、風俗で働いた。佐枝は別れた夫から男が喜ぶ総てを教え込まれたから、六年目になる今も美貌と肉体美そしてテクニックの絶妙さで人気は何時もトップである。父親に新品の漁船を買う金を出してやった。


 知らない女の子が遊びに来た。長男に

「喜一、何処の娘さん」

「一つ上の木俣さん」

「喜枝、お姉さんが出来て良かったね」

 次男の喜佐が

「お父さんは、病院のお医者さんだって」

「お医者さん。貴女の名前は?」

「木俣幸恵です。三年生です。早生まれですから」

「喜一の一つ上ね、オバサン何時も居ないから、遊んでやってね。お母さんは?」

「いません」

「離婚したんだって」

 佐枝は丁度女の規則正しくある日で四日休んでいた。


 開けて出勤するとびっしり指名客が待っている。最後の客は決まって、

「佐枝ちゃん、一緒に帰ろう、タクシーだろう」

「有り難う、でも、方向が違いますから」

 身体は求めているけれども、客の相手をしてくたくた、とてもじゃ無いが満足に男を喜ばせない。

 時々系列のホテルから出張マッサージーの依頼がある。昼間であれば店は佐枝を派遣する。その時徹底的に身体を癒やして、不満を解消する。

「善さん、有り難う、今日は早いのね」

「佐枝ちゃん、それでも三人目だよ」

「ほんとうだ、九時回っている」

「善さん、腰が張っているね、いつもだけれど、立ち仕事?」

「そう、立ち仕事、男だから」

「エッチ・・・・」

 善三の指名はもう三年目に入る。何の職業か分からない。ラストになることが度々ある。

「佐枝ちゃん、一緒に帰る?」

「有り難う、でも、方向が違いますから」

「そうか、そうだったね、これは少しだけれど」

「有り難う善さん」

「また来るから」


 ある日、店の中が騒がしい、「救急車」と言う叫び声がする。佐枝が廊下に出てみると善さんが、心臓マッサージをしている、ボーイが店に備えてあるAEDを持って来て渡す、善さんは慣れた手つきで装着してみんなに「離れて」と言ってボタンを押す。
  
 救急車が来て倒れた客を連れて行った。

 この日は善さんラストであった。

「ぜんさん、見てたけれど慣れた手つきね、お医者さん?」

「講習を受けたからね」

 佐枝はそうだろう医者さんが風俗なんか来なくても周囲に一杯女が居るから不自由しないね。口に出しては言わなかった。

「立ち仕事、今日も」

「そう、一日」

「それじゃ、立ち仕事片付けてあげるね、いつものように」

 善さんは佐枝の心にはまってしまった。奥さんはいるんだろうな、四十は超えているよな。

 運動会の日、初めて佐枝のあの日と重なって店は四日間休み、早朝から用意をして子供を送り出し、少し遅れて喜枝を連れて出かけてエレベータの前に立った。上から降りてきてドアーが開くと、善さんが一人乗っていて、佐枝を見てびっくりして、

「佐枝さん・・・・・子供さん」

「善さんどうしてここに、方向が違うのでは」


 運動会の父兄の席で、善さんと幸恵、佐枝と喜一、喜佐、喜枝六人が輪になって弁当を食べている。夫婦とその子供。周囲は滅多に見ないこの夫婦を見つめていた。美人の奥さんを、と男はやっかみの目で見ている、女はあの人お医者さんよね付属病院の、こそこそ言っているが二人tも気にはしていない。

 運動会の次の日、

「佐枝さん、昨日はお疲れ」

「善さん、今日も立ち仕事?」

「朝からずっと、腰がもうパンパン、頼みますよ」

「いいわよ、今日は絶対してはいけないことを、堂々としてあげる。善さん、同棲して」

「参ったな、君のような綺麗な人と同棲したら、周りの男に殺されるかもね、でも好きだから」

「有り難う、宜しくお願いします。子供と共に」

「一緒に帰ろう」

「私、方向が違いますから」

 佐枝は善さんに飛びついた。


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