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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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6 ディーナの値打ち-1

 
(早くここから出なきゃ……)

 ディーナは相変わらず太い鉱石木に掴まり、必死で地上に登る手段を探していた。
 しかし、穴から差し込む陽光の範囲は狭く、ディーナの周囲をやっと照らしているだけだ。
 鼠たちは暗闇で目を光らせて鳴き、少しでも獲物が影に入ったら飛び掛るべく、嬉々として待ち構えている。

 死の淵で焦る少女の気持ちなど知らず、太陽の位置は刻々と移動する。
 それに合わせてディーナもずりずりと身を動かしていたが、この穴に陽光が差し込まなくなるのも時間の問題だ。

「ディーナ!」

 不意に聞こえた声が、焦りからくる幻聴かと一瞬思った。
 だってあの人は、こんな日差しの中を歩くわけがないのだから。

「だ、旦那……さま……?」

 上を向くと眩しい陽光の中に、フードを目深に被ったカミルの姿が見え、信じられない思いでディーナは唇を戦慄かせた。
 穴を覗き込んで双頭鼠の存在にも気づいたカミルが、舌打ちをした。

「やっぱり鼠か……そこから動くなよ」

 カミルの手がヒラリと動くと、頭上からスルスルと何か細い緑色のものが降りてきた。
 見れば、まだごくごく細い鉱石木の蔓だ。ディーナが乗っている太い柱のような木に成長するとはとても思えない、細めの綱ほどの太さだった。
 魔法を扱える唯一の種族である吸血鬼たちは、その魔力で鉱石木の細い蔓も操ることが出来ると聞いたが、はじめてディーナはそれを目の当たりにした。

「引き上げるからそれに掴まれ。見かけよりは丈夫だ」

「は、はい!!」

 急いで蔓を握り締めると、いかにも頼りなく見えた蔓は切れることもなく、スルスルとディーナを引き上げはじめる。
 ほどなくディーナの脚が地上につくと、カミルは驚くほどの素早さでディーナを肩に担ぎあげた。

「この周囲は、どこが崩れるかわからん。早く家に戻るぞ」

 ディーナを担いだカミルは、枯れ葉の積もった山の中だというのに、足音も立てずに影のように素早く移動していく。
 転がり込むように家へ戻ると、ようやくカミルはディーナを降ろし、床に座り込んで荒い呼吸を繰り返した。
 青白い額にはビッショリと汗が浮かび、全身から細かな白煙が立ち上っている。

「旦那さま!? ど、どうしよう……どうしたら治りますか!?」

 日光を浴びた吸血鬼への対処法など知らず、ディーナはうろたえる。
 
「はぁっ……この程度なら……まだ、深くまで焼けてない……日が暮れたら、血を、買いに行く……」

 大きく肩で息をしながら告げられた内容に、ディーナは驚愕した。

「日暮れなんてっ! どこで買えるのか教えてください! 私、今すぐそこに……」

 慌てふためいて立ち上がりかけ……ふと、重大なことに気づいた。

「え……ちょっと待ってください、血を飲めば治るんですか!? だったら、私の血を飲めば良いじゃないですか!?」

 今にも死んでしまいそうなほど苦しげなのに、麓の街まで血を買いに行くなど、正気の沙汰とは思えない。麓の街まで、どんなに急いでも往復で二時間はかかるのだ。
 もしや、カミルは苦しすぎて冷静な判断ができないのだろうか。
 だが、血走って余計に赤くなったカミルの両眼が、正面にしゃがんだディーナをギロリと睨む。

「お前は……なんで、そんなにあっさり言うんだ……」

「……え?」

「ここに来た時を、覚えてないのか!? 血を吸えば、またお前を無理やり犯すぞ!」

 苦しそうに顔を歪め、カミルが怒鳴る。

「そ、それは……覚えています。でも……っ!」

 視界がみるみるうちに歪んでいく。涙が勝手にこみあげてきて、ポロポロと頬を流れ落ちた。
 ゴクンと唾を呑み、ディーナは気力を振り絞って、主に口答えをした。

「私……叱られたっていいから、自惚れますよ! 旦那さまは私を心配して、助けに来てくれたんでしょう!? 私を大事に思ってくれたんじゃないですか!? だから私も、旦那さまが大好きで、苦しい思いはして欲しくないんです!!」

 息を荒げながら言い終えた瞬間、床に組み敷かれていた。

「……自惚れる? ふざけるな……俺が……どうでもいい奴のために、こんな苦労するとでも思うか」

 ディーナに覆いかぶさったカミルが、苦しげに顔をしかめる。

「自惚れなんて言うな……俺に、散々思い知らせてやがるくせに! 鉱石ビーズなんか、何万個でも足りない……俺の作った武具を全部あわせたより、お前の価値は高いんだ!!」

「旦那さま……?」

 信じられない告白に、ディーナは耳を疑い、しばし呆然とした。

「でも……それなら旦那さまだって、私の一番大事な人で……」

 おずおずと両腕を伸ばして、カミルに触れた。

「私が望むなら、無理やりじゃありません」



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