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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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5 変わり者の吸血鬼-1

 カミルがようやく帰宅できたのは、予定よりも大幅に遅れた昼近く……雲間から太陽が顔を出す間際だった。
 帰路の道中、大幅な迂回を余儀なくされたせいだ。

 双頭鼠の仕業による地盤沈下で、森の街道が通行不可になったと聞いた時、カミルは舌打ちした。

 あの厄介な鼠は、百年に一度くらいの率で大量発生し、地面を支えている森や山の根を齧っては、地下遺跡という地獄の蓋をあけるのだ。
 長く生きて世界各地を旅したカミルは、以前にもその騒動を目にしたことがある。

 大量発生した双頭鼠は、一週間ほどすれば木の根に飽きて共食いを始め、自然とまた数が減る。
 よって、駆除に苦労することはないが、地面に大穴を開けられるのは大迷惑だ。特に森や山など、木が多い場所は要注意となる。

 日差しに身を焼かれる寸前に家へ飛び込み、ふと違和感に眉をひそめる。
 一瞬のち、違和感はディーナの姿が見えないからだと気づいた。

 テーブルの上には清潔な覆いをかけたサンドイッチの皿と、『おかえりなさいませ、旦那さま。ラズベリーを摘んで、すぐ戻ります』と、書かれた小さな黒板があった。

「……ずいぶんと上達したじゃないか」

 白いチョークで書かれた文字に目を走らせ、カミルは呟いた。
 学校に行った経験もないディーナは、当然ながら満足に読み書きもできなかった。農場で使う袋の表記で覚えた『小麦』や『豆』などの単語がいくつか書ける程度だ。

 仕方ないなと、知り合いの所から簡単な教本を貰い、暇な時に読み書きや計算を教えることにした。
 教師の真似事なんかやったこともないし、小間使いとして雇う娘にそこまでしてやる必要もないのだが、まぁ単に……出来ないより出来た方が良いだろうと思ったのだ。

 ディーナは教本を受け取って驚いたようだが、勉強を嫌がるでもなく熱心に教わるし、なかなか覚えも早い。
 一人でもよく時間を見つけては練習しているようで、最近では綴りを間違えることも滅多になくなった。

(それに、俺の好物も見抜かれていたか……)

 と、カミルは苦笑する。
 隠すつもりもなかったが、あえて教えた覚えもなかったのに、よく見ているものだ。

 しかし、サンドイッチを食べ終わっても、ディーナは帰ってこない。
 ディーナは料理上手だから、サンドイッチはいつものように美味かったが、そう作りたてというわけでもなさそうだった。
『すぐ戻る』にしては、随分遅いような気もする。

 ラズベリーの茂みは、この近辺に何箇所かある。

 カミルは頭の中で、一番遠い茂みへの往復時間と、バスケット一杯の実を摘むのに要する時間を足して計算し……あのサンドイッチが、もし出かける直前に作られたのだとしたら、幾らなんでもとうに帰宅しているのではないか……などと、グルグル考える。

 自分しかいない家は妙に静かで、鍛冶場に入ってさえも落ち着かず、何も手につかなくてすぐに出た。
 閉まったままの玄関を睨み、神経を研ぎ澄ましても、いつもパタパタと一目散に帰ってくる足音は一向に聞こえてこない。

 次第に苛立ちが募り、家中をうろうろと歩き回る。
 どこもかしこも綺麗に掃除されており、ディーナの着替えや少ない持ち物なども、ちゃんと残っている。給金を貯めてある瓶も、いつも通り棚の指定位置に収まっているのを見て、思わずホッとしてしまったのに気づいた。

 カミルの留守中に出て行くなら、急いで飛び出すこともない。それなりに荷物の準備をするはずだ……つい、そんな推理をしてしまった己が、無性に腹立たしくなる。

(あいつの帰りがちょっと遅いから、何だって言うんだ?)

 書置きまであるのに、ディーナが家出でもしたのかと、無意識のうちに脅えてしまっているのが腹立たしい。
 思ったより今年はラズベリーが不作で時間がかかっているとか……幾らでも考えようはある。

 ――何よりも、ディーナが出て行きたいと言うのなら、止める権利もない。

 そしてカミルも、別に困ったりしないはずだ。
 生まれ故郷の黒い森を捨て、同族たちと離別して以来、この小さな工房兼住居に、数十年も一人で暮らしていたのだから。
 また二年前のように、気楽な一人暮らしに戻るだけだ。

 苛立たしげに顔をしかめたカミル……カルミユールエヴァートランスと言う名だった吸血鬼は、ここから遥か遠くにある故郷の森を思い出していた。




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