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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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4 鼠-1

 やはり吸血鬼の天気予報は正確だ。
 翌朝には雨が止み、灰色の雲が空を覆っているだけとなっていた。

 朝もやの中、ディーナはバスケットを片手に、ぬかるんだ山道を歩く。その細い首からは、革紐を通した緑色の鉱石ビーズが下げられていた。
 山には危険な獣も多く出るから、家の外へ出る時は必ずつけていろと、カミルから渡されたものだった。

 美しい魔法文字の刻まれた、この緑色の鉱石ビーズには、持ち主を守る効果があるらしい。
 いつだったか一度、ディーナは麓の街までお使いにいく途中で、大きな熊に遭遇した。
 あの時はギョッとしたが、その熊は腹いっぱいだったらしく、ディーナへ襲い掛かることもないまま、のっそりと歩いてどこかに行ってしまった。

 幸いながら狼や猪に遭遇したこともなく、このビーズが効果を発揮する機会は、未だにない。

 しかし危険がないのは良い事だし、何よりも“カミルがディーナの身を案じてくれた”というのが一番重要なのだ。
 だからディーナはこの首飾りをいつも身につけて、家の中では家事の邪魔にならないように服の下へしまっていた。

 歩みに合わせて揺れる緑色の鉱石ビーズを、ディーナは指先で大切に撫でる。
 ラズベリーのなる場所はだいたい解っているから、すぐに戻るつもりだが、念のためにサンドイッチを作ってテーブルに乗せ、書置きも添えてきた。
 それでも、出来ればカミルが帰宅する時には、家で籠いっぱいのラズベリーと共に出迎えたい。

 そんな思いに気が急いていたのか、地面から顔を覗かせていた鉄柱につまずいてしまった。

「わっ……」

 危うく転びそうになったが、なんとか体勢を整える。赤錆に覆われて傾いたボロボロの鉄柱は、よく見ればそこかしこの木々にも混ざっていた。
 この山の中には、魔物の泉を作り上げた古代文明の遺跡が埋まっているそうだ。

 古代文明は、鉱石ビーズの元となる石を実らせる『鉱石木』という植物の暴走繁殖によって滅び、今では遺跡の殆どが地面の下に埋まっている。
 鉱石木が、その太い曲がりくねった硬い枝で古代文明の建物を侵食し、長い年月をかけて朽ちた木肌が土のようにその隙間へ降り積もった結果だ。

 ……とはいえ、建物の隙間が完全に埋まったわけではなく、内部のあちこちは空洞のまま保たれ、そこは恐ろしい蟲やキメラのうろつく死の空間となっている。

 果敢にも遺跡に挑み、古代遺跡から持ち帰った発掘品で金を稼ぐ猛者もいるが、ディーナのような小娘が入れば、生きては帰れないだろう。

 ディーナの足元にあるこの山は、古代遺跡の中でも特に高い建物が埋もれてできたようだった。
 地面から出ている鉄柱は、その建物の骨組みなのだろう。
 しかし、鉱石木が降り積もってできた山とはいえ、今ではラズベリーのように他の植物などもしっかりと根を下ろし、他に遺跡を思わせるものは見えない。

「確かこの辺り……あった!」

 背の高い草をかきわけると、木々の合間にポッカリと開けた小さな空き地があり、その向こうにラズベリーをたわわに実らせた茂みを発見した。
 空き地は降り続いた雨でドロドロにぬかるんでいたが、ちゃんと長靴を履いてきたディーナは、かまわずにまっすぐ突き進む。

「……えっ!?」

 ぬかるみの中央を踏んだ瞬間、いきなり足元がボコっとへこんだ。
 周囲の地面がいっせいに崩れ、全身を浮遊感が包む。
 悲鳴をあげたかどうかさえ判らぬうちに、ディーナは大きく口をあけた暗く深い穴の中に落ちていった。


(―― ここ、もしかして、遺跡の中……?)

 数分後。
 ディーナは全身に冷や汗を滲ませながら、薄暗くかび臭い空間の中で辺りを恐々と見渡していた。
 今、ディーナがしがみついているのは、横向きに伸びた太い鉱石木の枝だ。

 鉱石木はどこにでも伸びて来て、最初は細いツル草が、みるみるうちに太く成長する。
 しかし、これほど太いものは始めて見た。ディーナの横幅よりも、ずっと太いのだ。
 かさついた鱗状の木肌には、そこかしこにポコポコと膨らみがあり、赤や青の光を薄っすらと放っている。そっと指先で触れると表皮がホロリと剥がれ、輝く宝石のような石が現れた。

 この石に魔法文字を彫ったのが鉱石ビーズなのだが、こんなに大粒の石だって、滅多にお目にかからない。

 周囲には他にも多くの鉱石木がはびこっていた。
 倒れかけた鉄柱に巻きつき、崩れかけた壁を突き破って他の枝に絡んでいる枝もある。それらの鉱石木に生る実が、闇の中に色とりどりの幻想的な光を浮かばせていた。
 ここが恐ろしい死の地下空間でさえなければ、見惚れていたかもしれない。

 枝の周囲は何も見えない真っ暗な空間で、ずっと下の方からは、チキチキと不気味な音が聞こえる。
 ディーナはぞっとして、いっそう強く枝にしがみ付いた。
 その拍子に、首から下げた革紐のネックレスが揺れ、緑色の鉱石ビーズが硬い枝にぶつかってカチンと音を立てる。


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