2 鉱石ビーズ三百個-2
翌晩。
夫妻はディーナを連れて、夜中の山にびくつきながらカミルの元を訪れた。そして、玄関先で不審と不快を露にしている吸血鬼へ、交渉を申し出たのだ。
少しでも見た目を取り繕うためにと、ディーナは上等とまではいかないものの、いつもより各段に綺麗な小間使い用の制服を着せられ、三つ編みの赤毛には細いリボンまで飾られた。
夫妻からディーナをどんな扱いをしても構わない小間使いとして買って欲しい≠ニ聞くと、カミルはしばらく黙ってディーナを睨んだ後、家の中から鉱石ビーズを詰め込んだ一抱えもある皮袋を取ってきて、夫妻におしやった。
『三百は入っている』
『ま、まぁ!』
皮袋を覗いた夫人が驚嘆の声をあげ、ディーナも耳を疑った。
(三百!? 多くても十個くらいかと……)
最低でも二十個は貰うと張り切っていた強欲な夫人は、予想をはるかに上回る収益に、袋を覗き込んでニヤついている。
『二度と来るな』
カミルは夫妻に言い放ち、ディーナの痩せた手首を掴んで、有無を言わせずに家に引きずり込むと扉を固く閉めた。
夫妻を乗せた馬車の音が遠ざかっていく音を、ディーナはなんの感慨もなく聞いていたが、痛いほど強く手首を掴まれ、はっと我にかえった。
『ディーナ、とか言ったな。あいつらの言い分通り、お前は自分の意志でここに来たのか?』
カミルの赤い両眼が、ディーナをギロリと見下ろす。
『は……い……旦那さま……何をされても…………一生懸命……お、お仕えします……』
底冷えするような視線と声に、勝手にガチガチと歯が鳴る。
『なるほど。俺が吸血鬼なのも、自分が何をされるかも承知で、あの二人の言いなりになったわけだ。お前を殺してもいいような口ぶりだったが、それでも文句はないのか?』
『……』
ディーナが黙って再び頷くと、カミルはくっ、と皮肉そうに口角を吊り上げた
『事情は知らんが、自分を安売りするのは、その程度の価値で扱ってくれと言っているも同然だ。そんな奴に同情する気はない。せいぜい後悔しろ』
彼の赤い両眼がディーナの瞳を覗き込んで光ったかと思うと、唐突に身の内から強烈な熱さがこみ上げてきた。
『っ!? は……はぁっ、あ、はぁ……っ!?』
クラクラと眩暈がし、足がふらついて立っていられない。
手首を離されたディーナは、たまらずに床へ崩れこんだ。
どこにも触れられていないのに、全身を羽毛で撫でられているような気がする。肌のどこもかしこもが、ざわざわと奇妙に疼きはじめる。
瞳が潤んで視界がぼやけ、吐き出す息は一呼吸ごとに温度を増していく。
次第に強まる狂おしい熱に、硬い床の上でディーナは頭を左右に振って身悶えた。
『う、やぁ……はぁっ……あ、ぁ……苦し……熱……』
カラカラにひりつく喉からは、奇妙に甘ったるい声が、意思とは無関係にほとばしる。
異様に火照る全身にはじっとりと汗が浮び、特に脚の付け根が耐えがたくジンジンと疼き、湿り気を帯びていく。
膨らみの乏しい胸の先端が固く立ち上がり、衣服に擦れてむずむずした疼痛を訴える。
気づかぬうちに、ブラウスのボタンを自分から夢中で外し、疼いてたまらない胸の突起を両手で弄り始めていた。
下腹部の熱もなんとかしたくて、腰をくねらせて太ももを擦り合わせるうちに、紺色の長いスカートがめくれあがる。
自分がどんな痴態を演じ始めているのかも、自覚できなかった。ただ、身体中に走る熱と疼きに追い立てられる。
ジンジンと耳鳴りがし、頭の中を直接かき回されているように、まともな思考ができなくなっていく。
『吸血の前準備だ。触れられてもいないのに、気持ちよくてたまらないだろう』
傍らにしゃがみ込んだ男が低い声で囁く。