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春雷
【女性向け 官能小説】

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立春の頃-2


その笑顔を見て、どこか懐かしさを感じた。
けれど記憶のどこにもないその顔に、戸惑いつつも小さく頷いたら、

「こうせいちゃん、久しぶり」
「え…?」

私を見て、「こうせい」という古いあだ名を口にした彼を凝視すると、

「え? ごめん、まさかの人違い? 昴光星(すばるひかり)ちゃん…じゃなかった?」

苦笑いして、謝るその幼げな笑みの表情は…。

「…佳那汰…君?」

「ビンゴ! やっぱりこうせいちゃんだっ!」

遠い昔の優しくて切ない私の記憶の引き出しをいとも簡単に開けてしまった。

「やだっ! 本当にっ!? 本当にあの、遠峯佳那汰君?」

記憶の中の彼は、あの頃の私と大差無い、小さく脆弱な子供だったのに、今では見上げて話さなきゃいけない長身になっていて。その年月の流れを実感した再会を自覚したら、なんだか浮き上がってしまった。

「うん。そうだよ。本当にあの遠峯佳那汰だよ、久しぶりだね、こうせいちゃん」
「やだっ! やだっ! そのあだ名で呼ばれる事、あの頃は凄くムカついてたのにっ!」

今では懐かしくて、ついつい笑みがこぼれてしまう私を見て、

「二十年ぶりだから、嬉しいでしょ? てか、こうせいちゃん、全く変わってないね、小っちゃいとことか、うるさいとことか」

「小っちゃくて悪かったわね!」
「いたっ!」

ついついあの頃と同じ感覚で佳那汰君の二の腕にグーパンチを一発。そんな私の子供っぽい攻撃に盛大に笑う佳那汰君を見て、つられて私も大笑いしてしまった。

「また会えてよかったよ」

穏やかな佳那汰君の笑顔が眩しくて、小さく胸が甘い軋みをあげた。

「…私だって…」

今だって忘れてないよ。
古びた県営団地。ジャングルジムと鉄棒だけしかない小さな公園。私達に突然お別れが訪れたあの日は、今でもはっきり覚えてる。
突然の佳那汰君の引っ越しの理由は、当時の幼い私には全然理解出来なかった。

その理由が理解出来たのは、ずっと後の事。近所のおばさん達の他愛ない会話から、佳那汰君の両親が離婚したという事を知った。
移転先もわからない。きっともう会えない。

そう思って、記憶の奥の引き出しにしまった、小さな小さな恋とはとても呼べないだろう気持ちだ。

「いつこっちに帰ってきたの?」
「一週間ほど前かな。ほら、僕らが昔住んでた団地の近所に茶色い壁のアパートがあるでしょ?」
「団地のすぐ下の?」
「そうそう。こうせいちゃん、まだ団地に居るかなって思ったけど…」
「小五の時に、この駅の近くの一軒家に引っ越したの。今でも実家住みよ」
「なんだ! わりかし近くに居たんだ! ボクはてっきり…」
「生まれ育った、思い出が詰まったこの町を離れるなんて、私には出来なかったんだよ」

電車の到着を報せるブザーが鳴り、踏み切りの鳴る忙しない音が辺りに響いて、私達は一旦会話を止めた

駅に電車が到着して、ドアが開くと、まだ乗車する人がまばらで貸し切り状態のベンチシートに並んで腰を下ろした。

「始発から稼働なんて随分早い朝だね?」
「…私ね、洋食屋でコックをしてるの。もう七年」

また、嫌な記憶が蘇る。なんとも歯切れの悪い曖昧な笑みがどうしても浮かんでしまう。そんな私を見て、

「嘘っ! 奇遇だねっ! ボクも今までコックとして働いてたんだよ!」
「嘘っ!」

互いに仰天して顔を合わせると、

「え? 働いてた…って…」
「以前働いてた店は、オーナーが投資失敗して破産しちゃって潰れちゃったんだ」
「そうだったんだ…大変だったね」

難儀な話を聞かされ、かける言葉を探しながら合わせた視線を小さく反らすと、

「中一の時母親が再婚してさ。義父にも息子がいて。ボクと同い年だけど、誕生日は向こうのほうが早いから、義兄なんだけど。その人がね、うちの店に来いって誘ってくれたんだ。今日は初出勤なんだよ」

「よかった。そうだったんだ! 今日から心機一転だねっ!」

「うん。義兄の働く店は人気の洋食屋だから、顔を潰さないよう頑張ろうと思う」

…なんだろう、ちょっと嫌な予感。
小さくひきつった私の心を知るよしもなく、

「うちの兄貴って、結構凄い人なんだよ。あの、Ciel blueの料理長やってるんだからさ」


嫌な予感、ビンゴ!!




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