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サイパン
【戦争 その他小説】

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最終話 玉砕-3

 攻撃目標のタナパク地区を望む丘陵の稜線一帯に、三千人以上の兵士が集まり、身を屈めて息を潜めている。陽はまだ登っておらず、三人隣の顔も識別できないぐらい辺りは薄暗い。
 幾人かの兵士の頭、または鉄兜越しに日の丸の鉢巻が巻かれていている。鉢巻には、手書きのために少し歪んでいる日章を挟んで、『必勝』と書かれている。必ず勝つ……今はもう叶わない望みだ。
 突撃の第四波集団に組み込まれた杉野は、右腕にはめている腕時計を見て時刻を確認した。時刻は午前二時五十分。総攻撃まであと十分に迫っていた。右隣の笹川が小銃に弾を装填する。左隣りの河田は槍を握る手に力を込める。杉野も小銃に弾を装填し、胸ポケットの写真を握りながらその時を静かに待つ。
 杉野の持っている小銃は、先端の銃剣差込口あたりに灰色のおしぼりが巻かれている。これは、武器の確認を行っているときに気づいたのだが、着剣装置が壊れてしまっていたからだ。杉野はおしぼりの存在を思い出して、銃剣をおしぼりで銃口を塞がないようにして括り付けた。おしぼりは、駆潜艇に運ばれてサイパンに上陸した直後に少年から貰ったものだ。貰った時は綺麗な白色だったのだが、重油に塗れた顔を拭いたため灰色になってしまい、部下に洗わせても自分で洗っても元の白色には戻らなかった。
 返しそびれた物だったが、思わぬところで役にたったと嬉しく思う一方で、おしぼりをくれた少年の無事を静かに祈った。


 腕時計が、午前三時を指したときだ。突撃ラッパが鳴り響くと前方から、ウォーと虫が鳴くような小さな声が聞こえ始めた。ついに、最後の総攻撃が第一波集団から始まったのだ。数秒遅れて、銃声と砲声が雄叫びをかき消さんと響き始める。しかし、声の波はかき消されることなく、次第に大きくなり、こちらに迫ってきた。
「突撃ーっ! 突撃だーっ!」
 先頭で、杉野ら第四波集団を率いる大尉が立ち上がり、右手で握っている軍刀を高く掲げ、雄叫びを上げて走り出した。
「うおおおおーっ!」
「おおおおぉぉぉぉ!」
「わぁーっ!」
「うおぉーっ!」
 前後左右から、鼓膜を破らん限りの絶叫が湧き起こる。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
 杉野も雄叫びを上げ、小銃を撃ちながら走り出した。
 稜線を越えると、先に突撃を始めた兵士たちが何人も折り重なって息絶えていた。米兵の遺体も幾つか転がっている。
「ぐあ!」
 死体でできた絨毯の縁に、米兵の鉄兜が見え始めたかと思うと、先頭を走っていた大尉が銃弾を食らって前のめりに倒れた。他の兵士たちも銃弾に射抜かれて次々と倒されてゆく。迫撃砲も着弾し始める。だが、それでも誰一人として突撃を止めようとはしない。
「やぁーっ!」
 杉野は数人の米兵が詰めているタコツボに肉薄し、そのうちの一人を突き刺した。銃剣を刺したまま小銃の引き金を引く。弾を撃ち込まれた衝撃で米兵は吹き飛ばされて息絶えた。一連の動作の間に、笹川、河田を含む他の兵士もタコツボになだれ込み、中にいた米兵を手当たり次第に血祭りに上げる。
「続けぇ!」
 杉野はタコツボから躍り出ると、米兵のいる別のタコツボめがけて走り出す。後ろからは雄叫びと共に兵士たちが杉野に続く。
「わあああ!」
 喚き散らしながら杉野は米兵の脇腹を銃剣で突き刺したが、その瞬間に小銃の先端が折れてしまった。杉野は折れた小銃が刺さったまま呻いている米兵を蹴飛ばして、北沢の形見の軍刀を抜いた。
 軍刀は刃の部分数ミリを残して墨が塗ってあった。夜間、月明かりが刀身に当たって反射するのを防ぐためだ。
 河田は米兵の一人を槍で突き殺したが、自らも米兵の放った銃弾を頭部に受け、刺し違える形となって戦死した。
 笹川は、対戦車砲に取り付こうと装弾の隙を狙って数歩手前まで肉薄したが、間一髪間に合わず、至近距離で発射された対人散弾で身体を粉微塵に吹き飛ばされた。
 機関銃が火を噴き、肉薄しようと突進する日本兵はなすすべなく打ち倒される。対戦車砲に込められた対人散弾が押し寄せる日本兵の波を打ち砕き、迫撃砲の破片が身体をズタズタに引き裂く。何発の銃弾を受けても倒れない者は、引きつけられてライフル銃の一斉発射で撃ち殺された。
 杉野は胸ポケットから写真を取り出し、軍刀の柄に巻いて一緒に握った。心の底から力が湧いてくる。
「うおぉぁぁ!」
 一斉にライフル銃の銃口を向けている米兵の集団に、杉野は恐れることなく軍刀を振りかざして突っ込んでいった……。


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