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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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5.つきやあらぬ-15

「それにしても」
 可奈子は嘲りを含んだ声で、「あなたも、よ。あなたも、つまんない男になっちゃったわね。なに真剣になってんの? あんな若い子に」
「話はそれだけだ。……元亭主を助けようとしてくれてありがとう」
 と言って井上は電話を切った。紅美子が何かを言おうとすると、井上が再びアクセルを踏んでスピードを上げたから、背中をシートに押し付けられてタイミングを失した。
 車内は高速に回るエンジン音とアスファルトをタイヤが踏み続ける音だけに満たされていた。夜の東北道を北へ向けて走る車は、東京を離れるほどにまばらになって大型車両ばかりになっていた。紅美子は両手を組んで足首を持ち、片脚を立てたまま額を置いて目を閉じていた。組み合わせた右指のネイルの先で、左の薬指の付け根の堅石をずっと叩いていた。映像を見せられた時、裏切りへの怒りと、それがよりにもよって可奈子のような女だったせいで喉元に迫れる虫酸に苦しんだ。徹は常に自分のものであることが当たり前で、それを誰かに劫掠されるなんて夢にも思っていなかった。徹も二十年間ずっと自分を真顔で見つめ、紅美子のものだと言い続けてきたのだから。しかし徹はあの女に弄られ、嬲られただけで簡単に誓いを破った。悔しいと何度叫んでも、この抉られた気持ちは埋まっていきそうになかった。
 報いを受けただけだ。
 もちろん、徹の不実を知った時から紅美子を諭すこの声は聞こえていた。だが映像を見せられた時の激発的な苦しみは一過性のもので、栃木へ向かう車中でまた別の類の、より複雑でそれ故に深まる憂愁が紅美子を占めてきていた。井上の電話を聞いた後は、更に強まってきている。
「――ヤんなくてよかったの? 最後なのに」
 こうべを伏せたまま、紅美子は横目で通過していくインターチェンジの近くのネオンを見た。「ラブホいっぱいあるよ。寄りたいなら寄ってもいい」
「いや、いい」
「……ねぇ。何でアレ、見せたの?」
「……」
「ざまぁ、って思ってる?」
「……そんなことは思ってない」
 顔の前に垂れ落ちていた髪を額から後ろに掻き上げた。膝の上に重ねた両手の上に頬を乗せると、指輪の石が顔にめり込んだ。
「じゃ、何で見せたの?」
「いつも言ってたろ?」井上は紅美子を一瞥しただけで、視線を前方に戻した。「君が欲しいって」
「あれ見せたら自分のモノになるって思った?」
 紅美子はドアの肘置きの凹みに置いていたシガレットケースを取り出した。細いタバコを咥えて、ライターに指をかける。「あれを見たら私が徹に幻滅して、あんたの方に走るって」
「そうじゃない。……って言いたいとこだが、今思えば期待してたのかもな」
「期待はずれ?」
 紅美子は火の点いていないタバコを咥えたまま脚をシートから下ろして組み、少し井上の方へ体を向けた。
「……そうだな。見せなきゃよかった、って後悔してる」
「やっぱ、マンションに居たときにヤッちゃったらよかったんだよ。吐きそうになってる私でもガマンして抱いたらさー……、あん時、何かキザなセリフ言われたらイチコロだったかも」
 紅美子は漸くタバコに火を点けて笑った。
「言えたし、言おうと思ってたさ? ……だけど、無理だ、って思った」
「無理? なんでよ」
「僕は嫉妬しなきゃ君を愛せない」
「それもずっと言ってた」
「……」
 井上は黙った。紅美子の問いの答えに至っていないのに、有無を言わせず会話を遮断した。
 紅美子には井上の仕事がさっぱりわからない。井上も紅美子と会うときに詳しい仕事の話はしなかった。だが早田から言われた忠告と、さっきの電話。窮地に立たされていることは間違いなかった。丸の内で井上に通じた直後に感じた恨みを考えると、井上の状況に胸が透く思いをしなければならない筈だった。だが紅美子は漂う煙の向こうに見える井上を見ているうち、
「……やっぱラブホ寄らない? ヤリたくなってきた」
 と言っていた。
「いい、って言ったろ?」
「私がヤリたいって言ってるのに?」
「合意無しじゃダメだな」
「……えーっ、ちょっ、あんたにそんなこと言われるなんて思っても見なかった!」紅美子は笑顔でタバコを持ったままの左手で井上を指さした。「私の合意取ってヤッたことなんて一度もなかったくせに!」
「そうだったか?」
 井上も釣られて笑い、「わざわざ合意取らなくても、君の様子から『OK』だって感じてたんだけどね」
「それ、思いっきりカンチガイだよ。あんたの勝手な解釈。……でも初めて今、OK出してるよ。次で一回降りてよ」
「僕がNGだ」
「ショックぅ。私じゃ勃たないって言われてるようなもんじゃん」紅美子はわざと煙を鼻から吹き出しながら、「いいよ、じゃ、ここでオナろうっと」


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