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サイパン
【戦争 その他小説】

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第二話 船団への洗礼-4

 突き上げるような激しい衝撃が、船を襲った。驚くほど高くまで水柱が上がる。杉野はとっさに近くの柵にしがみつく。かぶっていた略帽が飛んでいった。ガラスの割れる音が耳に響く。
 船の後部は魚雷で吹き飛び、大量の海水が船内へ流れる。
「つかまれ!口閉じてろ!舌噛むぞ!」
必死に柵や柱などにしがみつく兵には恐怖の表情が浮かんでいる。


「雷跡さらに二本!回避急げ!」
 見張り員の絶叫とも言える報告も無駄だった。すでに傷を負っている船に、回避は間に合わなかった。
 船の後方で水柱と共に黒煙が勢いよく上がる。船の破片と……人が舞っているのがわかる。ちらちらと炎も見える。
 船がガクッ左に傾きだした。すぐに立てなくなるような角度になるだろう。杉野は判断に迷わなかった。


「沈むぞ!左側から足から飛び込め!背嚢は海に投げ入れろ!」
水面までは、七メートルはあるだろう。変に素人が頭から飛び込むと、途中でバランスを崩し、入水時に骨折する可能性が高い。は飲峰も背負っていると抵抗が大きくなるし、肩に回した帯が水に引っ張られて肩を脱臼するかもしれない。
「腕を上にして、万歳の体勢で飛び込め! 腕を水平にしてると脱臼するぞ!片野上等兵、他に見本、見せてやれ!行け!」
 指名された上等兵が指示通りに万歳の体勢で海に飛び込んだ。大柄な兵士だったので激しい水しぶきが飛んだ。数秒して浮いてきて、立ち泳ぎをしながら右手を挙げた。成功したようだ。


「よし、片野にならって、随時飛び込め!」
 次々と部下が飛び込んでいく。その間にも船は小さな爆発を繰り返す。昇降口からは我先に脱出しようとする兵でごった返している。魚雷が命中するまでに甲板に上がっていた兵は、杉野の分隊含め、ほんのごくわずかしかいなかった。


すすり泣く声が聞こえ、声の方に目を向けると、柵にへたり込み、背嚢を両手で抱えて震えている兵が一人いる。背嚢で顔が見えない。杉野は肩をつかんで怒鳴った。
「おい、何やってる。さっさと飛び込め!」
 震えていた主は河田だった。河田は顔面蒼白で杉野へ訴える。
「自分は泳げません。死んでしまいます」
「残ってたらどうせ死ぬ!少しでも生きてたいなら、飛び込め!」
「む、無理です。伍長殿は先に行ってください」
 杉野は、河田の頬を引っ叩いた。
「隊長が部下より先に逃げれるか!命令だ、河田一等!飛び込まぬなら撃ち殺す!どうせ死ぬならどんな死に方でも文句なかろう!死にたくないなら、さっさと飛び込め!」
 河田の手から背嚢を奪い取り、海に投げ捨てた。
 すぐ隣を航行する別の輸送船が魚雷攻撃を受けた。競い合うように大きな水柱が高く二本立ち上がり、杉野の頭にまで塩水の雨を降らせた。
「立て!飛び込め!」
 河田は悲鳴を上げて海に飛び込んでいった。


 周りを見ると、次々と兵が海に飛び込んでいる。杉野も背嚢を海に投げ込み、胸ポケットの妻の写真を軽く確認してから海へ飛び込んだ。


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