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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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1.違う空を見ている-9

「確かに彼氏は心配だ。……薬指の男避けも効かないな」
 今度は指輪に込めた意味まで見透かされて、ますます紅美子は苛立ちが増したところに、
「……今晩、飲みにいかないか?」
 という唐突な井上の言葉に絶句した。なんだコイツ、取引先に来てナンパか? 大企業の社員だからって零細の女子社員くらいチョロいとでも思ってんだ。
 仕事をしていて社外の男に誘われることはたくさんある。だが皆、紅美子の発するオーラに気押されて、機嫌を伺うように丁寧に誘ってきた。ここまで露骨に誘ってきたのは初めてだった。ムカついた紅美子は思わず睨み返しながら、
「生憎ですが、取引先の方との個人的な親睦は会社で禁止されておりまして」
 と辛うじて言った。
「コンプライアンス、なかなか徹底してるね」
「申し訳ありません」
「……僕の立場でこんなこと言ったら怒られるが」
 井上は紅美子の目をじっと見て、「バレなきゃコンプラ違反じゃないね」
 バレるバレないの問題ではない。こんな軽い誘いに乗るような自分ではないし、こんな軽い扱いを受けてしまったこと自体が腹立たしい。鼻から息を長く吐いて、憤りを少し収めると、
「だいたい、私――」
 収めたにもかかわらず、口から出そうになった言葉は丁寧な口調を忘れたものだった。だがその前に井上が内ポケットから携帯を取り出した。呼び出しのランプが点滅している。
「……まとまったのか? ……うん、……、……ああ」
 仕事の電話だろう。この隙に立ち去ってしまおう、と思って回れ右をして数歩歩いた所で、「……わかった。こっちは、これからだ」
 と言って井上が電話を切った。
「君――」
 背後から呼びかけられる。もうっ!、と紅美子は髪を揺らして振り返ると、
「私、婚約しています。ですから……」
 続きを言おうとすると、井上が手を上げて紅美子の言葉を制してくる。
「すまない。時間稼ぎだ」
「……は?」
 井上は携帯を内ポケットに仕舞いながら近づいてくる。
「商談が終って、早田が昔話がしたくって、君が居る筈の部屋に行った。だが、君は居なかった。……代わりに可愛らしい君の同僚が居て、早田がすぐに気に入ってしまった」
 ――あの野郎。
 紅美子は早田がアプローチしていた女の子たちのタイプを思い出した。女の子らしいタイプ。しかも何故か背が低い子に目がなかった。アイツ、大人になっても変わんないのか。
「我々は今日はもう仕事はない。飲みに行こうかと思っていたが、男二人ではつまらない……、いや、僕はかまわないんだ。だけど、奴と行動を共にし始めて分かったことだが、早田は女の子がいないと飲めないらしい」
 と言って井上は一人で笑った。「本当は君を飲みに誘うつもりだったようだけどね。奴の名誉のために言っておいてやると、懐かしんでたのは確かだ。で、今、結果の報告があった。あの子は君が一緒なら来てくれるらしい。奴は名前の通り、仕事が早い」
 仕事どころか手も早いよ。私をさて置いて、すぐに紗友美を口説きにかかったんだ。
 早田なんぞにソデにされるのは構わないが、自分を出しに使われたことが、紅美子のプライドを刺激してきた。
「……どうする?」
「部下のために、いい上司ですね」
 もういいや、と思って、腕組みをして肩幅に開いた片脚に重心を乗せて睨みつける。すると井上はまた、可笑しそうに笑って、
「君は、そうしたほうがずっと魅力的だね。彼氏……、いや、婚約してるとさっき言ったね。婚約者の前でもそうなのか?」
 こっちが何を言っても笑みを漏らす井上に、結んだ唇の中で歯ぎしりしそうになった。何、オトナの余裕ぶっこいてんのよ。睨んで黙っていると、井上が続ける。
「きっと、君にとってもプラスだと思うね」
「……何がですか?」
「あの子、『死ぬ気で頑張ります』と言ってるらしい。定時に終わらせるためにね。早田が君に伝えてくれって。……よかったじゃないか。業務効率化だ」
 紗友美のその様が有々と想像できて、紅美子は今日何度目か分からぬ溜息をついた。
「君は溜息が多いな。……憂えげな表情もなかなかキレイだけどね。ま、早田はともかく、僕も君を誘いたい」
「やっぱりナンパですか?」
「ナンパする歳じゃないけどね。……考えてもみろよ、三人で飲みに行って、早田は懸命にあの子を口説くだろう? その間、僕はどうすりゃいい?」
「飲んでたらいいじゃないですか?」
「それにしても、美人と飲みたいね」
「あのね……」
 今日はすぐに話の腰を折られる。ナンパならその辺りで軽そうな女でも拾え、と言おうとしたら、持っていた携帯が鳴った。紗友美だ。
「……もしもし」


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