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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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1.違う空を見ている-24

 小学生の日の、泥酔した紅美子の母親の告白を思い出しながら、徹は紅美子を更に抱きしめた。
「約束するよ」
「好きって言って」
「……好きだよ、クミちゃん。ずっと、クミちゃんを――」徹はもう一度紅美子にキスをしてから、「ずっと愛してるよ」
 ……痛かったなぁ。……嬉しかった。


 欄干に凭れて、後ろから徹に密着されていた。両手で柵を掴まれているから、紅美子は囲まれるように徹の腕の中に居た。
「見られてるよ」
 帰路や犬の散歩で背後を歩いて行く人々に見られていた。知らない年老いた男に「お熱いねぇ」と冷やかされた。
「別にいい」
 徹は更に紅美子に擦り付いて、手を柵から離し紅美子の腰へ巡らせると、しっかり抱きしめた。代わりに紅美子が欄干に手をかける。桜橋の灯りが暗い川面に揺らめいていた。
 ここでキスとかするつもりなのかな、人いっぱいいるけど。
「会社、超近いんだけど」
「日曜日だよ。……、……誰かに見られたら困る?」
「……別にいい」
 別にいい。徹にしてはムードがいい場所だ、プロポーズも私の部屋じゃなくここでしてくれたらよかったのに。
 明日から徹は栃木の研究所勤務だった。研究員には一年間の研修期間が義務付けられている。研究成果はその後の配属に大きく関わるらしい。結婚を控えた紅美子のため、正確には紅美子の母親のために松戸の技術センターへの配属を希望する徹だったが、当然東京近圏への配属は他の者の希望も多く狭き門となっている。徹はもともと絶対に研究職を志望しているわけではなく、入社後に東京地区に配属されるのならば職種はどれでもよいくらいだった。だが会社の意向というより、徹の経歴を見れば誰だって研究職へ充てようとするだろう。一年間とはいえ遠距離恋愛になってしまうことを徹は悲しんでいたが、そんな彼を前にあまり口に出しては言わないものの、栃木の研究所へは東武線とバスを乗り継いでも三時間で行けてしまうのだから、紅美子にしてみれば遠距離のうちに入らないと考えていた。
「明日、何時の電車に乗るの?」
「五時ちょうど」
「五時ぃ!? 始発じゃん。……もぉ、だから今日栃木のアパートに移動したらよかったのに」
 徹が離れがたく思っていることは紅美子も分かっていた。今日は朝からずっと一緒にいた。紅美子の指輪を買いに出て、始めは目当ての店が出店している錦糸町へ赴いたがそこはジュエリーを扱っておらず、結局二人は新宿まで足を伸ばした。買ってそのまま左手の薬指につけている指輪を顔の前に上げて街の灯に照らす。
「もっと高いのでもよかったのに」
「いいの。このブランド好きだから。私が紫好きなの知ってるでしょ?」
「うん。気に入ったのならいいけど」
「気に入った。……でも、二十五にはちょっと若すぎたかな……」
 値段からして間違いなくダミーストーンだが、ブランドの基調カラーの通り、リングには紫の石が填め込まれていた。「蝶が付いてたやつも可愛いかったんだけと、水商売かって思われちゃう」
「うん……。クミちゃん、はしゃいでる?」
 ……たぶん、私、はしゃいでた。そんなつもりなかったのに。
「む。……はしゃいでないよ。男除けができるからうれしいだけ」
「効果あるといいね」
 紅美子はお腹に添えられている徹の両手に自分の手のひらをかぶせて握り、日が落ちてシルエットだけになった川岸の公園を見ながら、
「徹は、女除けなんか要らないよね?」
 と言った。
「うん」
「……ほんと?」
「うん」
「そんなこと言ってて浮気したら、どうするつもり?」
「心配してるの?」
「……別に。徹はモテないからなー」
「確かに。でもモテてもモテなくても、しないよ」
 そう言われて紅美子は立ったまま徹に少し体重を預けて凭れかかり、軽く身を揺らして擦り付けた。背中に感じる徹の体が心地よい。
「そんなのわかんないじゃん。目の前にエロい女とか現れたら、きっとわかんない」
「……怒らせようとしてるの?」
「怒るの?」
「怒る」腰に回しお腹に添えていた腕を上げて、二の腕ごと紅美子の上躯を抱きしめて、「……もし浮気したら殺してくれていいよ」
 紅美子は徹の腕の中で肩を竦めて、
「怖いこと言わないでよ」


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