下町の恋-1
１．
「スウちゃん」
芳樹は、原稿用紙をテーブルの向こうに押しやった。
鈴世は、芳樹に肩を引き寄せられて、頬を合わせた。
「ヨッちゃん」
唇が合った。
今日は,浅草の三社祭だ。お祭り好きな芳樹の家族が出払っているのを見越して、芳樹が鈴世を呼び寄せた。
芳樹の部屋のテーブルの上の原稿や図面を、鈴世は興味深げに見ていた。もしかしたら、自分の夫になるかもしれない芳樹の仕事ぶりを、垣間見る思いであった。
芳樹は、鈴世の肩を抱き寄せながら、左手で、鈴世の乳房を探った。人目を憚るデートで、今までは手を握ったり、キスをするのがせい一杯、初めて触れる鈴世の豊かな乳房に、手が震えた。
「スウちゃん、好きだよ」
「ヨッちゃん」
鈴世は、腕を芳樹の首に回して、身を捩る。
芳樹のペニスは、ズボンのファスナーに遮られ、逃げ場を失って悶えている。
「スウちゃん、いいだろう」
芳樹は、鈴世を押し倒すと身体を被せた。指は、スカートの下からパンティの裾を潜って、恥毛に届いた。
「ヨッちゃん待って、あたしもヨッちゃん好きよ。でも結婚するまで待って、お願い」
鈴世は、芳樹の手を振りほどいて、立ち上がった。
「これ以上いると、あたしわかんなくなっちゃうから、ごめんね」
鈴世は言葉を残して、部屋を出て行った。
バツの悪い思いをして、芳樹は、この後、鈴世に連絡を取るのを躊躇った。
２．
北芳樹は、大和自動車技術部のエンジニアである。広報部に頼まれて、今日は、社内報のテクノートと言う、大和自動車の新発売をする乗用車の解説をするコラムの原稿を書いていた。
実家は、浅草で佃煮の製造卸をする老舗で、芳樹は長男、下に妹が一人いる。今日は、家の者は三社祭に出かけて、誰もいない。
幼馴染の鈴世は、隣の家を曲がって５軒目に住んでいる。父親と兄夫婦がいる。鈴世は、芳樹の妹の智恵子とは同級生である。
子供のころから“ちゃん“付けで呼び合う幼馴染で、小学校ころまではいつも連れ立って遊んでいた。
鈴世が高校生になると、大学生の芳樹とは距離を置くようになった。
鈴世は、子供のころから、密かに芳樹に想いを寄せていた。
妹の智恵子とは仲良く、一緒にお花の先生のところに通っていたりしたが、問題が一つあった。
高校１年のときに、鈴世の母親が男と駆け落ちをして、家を出てしまった。
鈴世の両親は、近所で美男美女の評判の高かった夫婦であったが、父親に生活力がなく、夫婦の仲は悪かった。気象の激しい母親は、甲斐性のない夫に愛想を付かして家を出てしまったらしい。
芳樹の母は、そんな鈴世の家を嫌って、芳樹に接近をする鈴世を見て「スーちゃんは駄目だよ」と念を押すのであった。
想えば想われるの諺にもあるように、芳樹も次第に鈴世に想いを寄せるようになり、二人は家に隠れて、デートを重ねていた。
今日はお祭り好きの芳樹の家族が出払ったので、芳樹が鈴世を呼び寄せたのだった。