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変容
【教師 官能小説】

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馴致-2

 いつの間に眠ったのか、どのくらい眠ったのか分からないが、恵はあまりの空腹に目を醒ました。

“こんな気分でもお腹が空くなんて。”

 恵は己の身体の図々しさに苛立ったが、生理的欲求はいかんともし難い。仕方なく、食事を取るため重い身体を起こし、足に繋がれた鎖を引きずり床の皿に向かった。

 水、ご飯、野菜スープ、焼き魚、カットフルーツがいつものようにペット用の皿に盛ってある。
 随分時間が経ってしまった為、全てが常温になっていたが、恵は全てを瞬く間に平らげた。

 水気をたっぷり含んだオレンジの何とも言えない甘さが身に染みた。

「美味しい…」

“このオレンジを美味しいと感じる私と、男とのセックスを気持ちいいと感じる私。こんな状況でも、身体が欲しがる物を与えられれば、喜びを感じてしまうものなんだ…。”

 恵の瞳から溢れた涙が頬を伝い、大粒の煌めきとなって床を塗らした。


 好きでもない男に抱かれ、喜びの声を上げた自分がどうしても許せない。例え命と引き替えにしてでも、感じてはいけなかった。

 でも、身体は正直だった。

 睡眠が我慢できなかったのと同じ様に。
 空腹や渇きが我慢できなかったのと同じ様に。
 おしっこが我慢できなかったのと同じ様に、

 快感を我慢する事ができなかった。


 そう、我慢できないのだ。

 不味い物を不味いと感じないようにすることはできない。同様に、美味い物を美味いと感じないようにすることもできない。

 表面上そうと見せないように取り繕うことはできる。感じていることに意識を向けないようにすることもできる。
 だが、感じないようにすることは、目や耳などの受容器やそれを伝える感覚神経、脊髄の上行路や視床や中脳、大脳皮質の感覚野といった組織が損傷でもしない限り不可能だ。

 では、感じてしまう事は不可避だとしても、それに耐えて平然としている事はできただろうか?

 可能性という点で言えば確かに不可能ではないだろう。だが、それは極めて難しい。ストロー級のリングにしか立った事がないボクサーがヘビー級の右ストレートを受けて平気な顔をしていられるわけもない。

 責め続けられた恵の心は、いつしか自己防衛を始める。

 発してしまった言葉を今更取り消せはしない。感じてしまった事実も否定しようがない。確かに私は我慢できなかった。でもそれは、私の貞操観念が低かったからか?夫への愛が足らなかったからか?

“いや、そんなはずない。”

 小柄でスレンダー、二重の大きな瞳に八重歯。はっきりとした眉。童顔だが顔の造作は整っていて、綺麗な美女と言うより笑顔が魅力的な可愛い美少女。
 そんな恵に言い寄ってくる男は結婚前も結婚後も沢山いた。その中には仕事ができて優しいイケメンもいた。正直、「いいな」と思う事も何回かあった。

 しかし、恵は一度たりとも浮気をしなかった。それは貞操観念と愛情の証明に他ならない。

 突然、誘拐監禁されレイプされた。
 目の前で人も殺された。
 餓死寸前まで追い込まれた。
 窒息で殺されかけもした。

 そんな異常な状況で普段通りでいられるなんて有り得ない。

“私を不実だとは誰も言えないはずだ。”

 確かに男とのセックスは気持ち良かったし、それを肯定する言葉も口にした。だけどそれは、オレンジを美味しく感じ、そのままそれを表現した事と何も変わらない。それの一体どこが悪いのか。


 恵は気づかない。
 本来、問題の本質は『自分が自分を許せるか』だったのだが、いつの間にか『夫を含めた世間一般が自分を許してくれるかどうか』にすり替わっていることに。


 恵は、己の貞操観念による内的葛藤を解消する為、自らが置かれた状況の過酷さを言い訳にして、バラバラになったジグソーパズルを組み直す様に精神の安定を図っていく。

 そして最後のワンピース…。

“それに、ここで私が何をしたとしても誰にも分からない。”


 恵はもう泣いていないなかった。
 ただ、床にこぼれ落ちた涙だけが、貞操の最後の欠片として小さな煌めきを放っていた。


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