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無価値
【純文学 その他小説】

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無価値-1

 たとえば今日が世界の終わりだとしよう。きっと僕をも含めて誰も予想なんてしていなかったに違いない。電波の届かない電車の中に居る人々はまだ知らないかもしれない。赤子なんてもっと知るはずがない。でもきっとすぐに知ることになる。悲しいほどに情報が多くてはやく届く世の中だから。純粋な恋愛を描くはずの少女漫画にはネットスラングが充満し、生ぬるい世界に浸る日々が約束されている素晴らしい世の中である。

 たとえば僕が奇跡的に世界の終わりを知らなかったとしよう。まずそんなことはありえないのだけど、ありえたとしたら、きっと僕はいつもと変わらず怠惰に生きていたに違いない。やるべきことを明日におくって、だらだらと一日電子の世界と安い笑顔の人々を液晶越しにみていたに違いない。

 きっと死ぬことを恐怖の対象に置いている若者は道端で全員が等しく悲劇のヒーローヒロイン。金持ちは既に自家用ジェットで外国に向かっただろうし、宇宙飛行士はロケットに駆け込んでお月様にでも飛んで行くに違いない。十三時。今世紀最大の驚きをお届けしたニュースが放送されてから四時間経った今では人々の性格とか素性とかそういうもので行動が別れてくるはずなのだ。僕はといえば、一人ぽっちになった大きな一軒家のリビングで遅めの昼食としてかさかさのクリームパンを頬張りつつ、時々りんごジュースをテイスティングなんかしてみたりしていた。

 死ぬことは畏怖の対象ではない。どうやって世界が終わるのかはちょっと分からないけれど、とりあえず滅亡するレベルなのだから即死に違いなく痛みはきっと皆無なのだ。どうせ皆最期には死ぬのだし。そもそも僕には、僕以外のホモサピエンスたちに本当に魂があるのかさえ分からないのだ。手にした漫画では主人公の仲間がまだ生きていたい、と涙して死んで逝く。今日は平日、だらだらと再放送を眺めよう。ぱたりと漫画を閉じてチープな恋愛を目に焼き付けよう。きっとこれが人生最後に見る恋愛ドラマだ。ああ、おやつにどら焼きでも買っておけば良かった。そんな風に思いながら最期の日を過ごすに違いないのだ。

 十九時。昼間のニュースで知った世界の終わりまであと五時間。どうやら神様というやつは几帳面らしく、きっかり深夜零時に世界は終わるらしい。そりゃあいいや、その時間にはもう僕は夢の中で初恋のあの子とキスをしているだろうから。カップラーメンの蓋を半分開けてから、僕はそれを綺麗にごみ箱にしまった。どうせ死ぬなら、ただでさえ燃費の悪い人間が生きるためのご飯なんかいらないじゃあないか。そもそも、このごみをごみ箱に捨てる必要さえもうない。終わるこの世はごみより無価値だ。そう気付いてから僕はソファに横たわって、昔のいやなことを思い出していく。人は死ぬことが決まっているのに、何故生きるのだろう。眠るのに何故起きるのだろう。最終的になくなるなら、最初からなくてもいい。でもこんなちっぽけな考え事も、今から死にゆく僕には無意味だ。そこで目を閉じた。これでおしまい。目の端から何かがゆるりと落ちる音がする。死ぬなんて、僕にはこんなものだったのだ。


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