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ちちろむし、恋の道行
【歴史物 官能小説】

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その2 ちちろのむしと別れけり-6

「……お峰?」

はじめは分からなかったが、近づいて来たのは確かにお峰だった。だが、彼女は焦点の定まらぬ眼差しで軽く 頭を横に倒しながら、両手をだらりと下げたまま足を運んでいる。

(お峰のやつ、いったいどうしちまったんだ)

いぶかる瑚琳坊だったが、お峰は彼らには気づかず、そのまま通り過ぎていった。

ややあって、お峰 の来た方向から、商家の使用人らしき男が血相を変えて走ってきた。

「おお、おめえは難波屋の手代の佐吉じゃねえか」

「ああ、瑚琳坊さん……」

二人は顔見知りのようだった。

「息急き切って、どうしたい?」

「こ、ここを、お嬢さんが、通りませんでしたか?」

「お峰か……。ああ、今し方通ったぜ」

「ど、どっちへ行きましたか?」

瑚琳坊は黙って向こうを指さした。礼も云わずに駆け出そうとする佐吉。

「おい、待ちな」

瑚琳坊が佐吉の腕を取った。

「ちょいと訊きてえことがあるんだがな」

佐吉は顔だけこちらに向け、足をじれったそうにしていた。

「お峰のやつ、少しおかしいんじゃねえのか?」

佐吉の腕がピクッと動いた。

「いつからだい? おかしくなったのは」

彼は押し黙り、下を向いた。激しくまばたきをし、お鈴の顔を盗み見た。

「教えてくれたっていいだろう……」

瑚琳坊は、だんまりを決め込もうとする佐吉の手のひらに二朱銀の小粒を握らせた。

「に、瑚琳坊さん、困りますよ」

「こっそりでいいんだ、教えてくれ」

佐吉の手に、もう一粒が押し込まれた。彼は困惑の表情を浮かべていたが、

「手前が言ったってことは旦那様には内緒ですよ」

と云うと、お峰の様子が変わったあらましを語った。

「ふた月ほど前からでしょうか、お嬢さんが妙にイライラし始めたのです。それだけならどうということはな いのですが、そのうち、店の丁稚や手前、果ては番頭さんにまで八つ当たりをするようになりました。そしてある時、商売物の酒瓶を棚か ら何本も払い落としたのです。手前どもは慌てて取り押さえましたが、割れた瓶の散らかる床に丁稚が転んでしまい、腕や脚に怪我をしま した。旦那様はお嬢さんを叱責しました。といっても、その場で激しく叱るのではなく、自分の部屋に呼び、こんこんと諭し、心の鬱積の 理由を訊いたらしいのです……。お嬢さんは固く口を閉じていましたが、やがて『お鈴のやつめ!』と鋭く吐き捨てるように云ったそうで す」

佐吉は、また、お鈴の顔を盗み見た。


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