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ちちろむし、恋の道行
【歴史物 官能小説】

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その2 ちちろのむしと別れけり-17

「無類の放蕩者だと思っていたが、瑚琳坊のやつ、本気でお鈴さんに惚れてたんだねえ」

井戸端でおかみさん同士が声を潜めて話し合う。

「お鈴さんが亡くなってからのあいつは、すっかり抜け殻のようになっちまったよ」

「そうだねえ」

「口うるさい横丁のご隠居も、連れ合いの婆さんを亡くしてからは、まるで借りてきた猫のように大人しく なってしまったというじゃないか。なんだかんだいっても、亭主ってのは女房がいなけりゃ、糸の切れた凧みたいにヘロヘロになっちまう んだね」

「お鈴さんは、まだ瑚琳坊の女房じゃなかっただろう?」

「同じようなもんだよ。あんなに仲良く一緒に暮らしてたんだもの」

「……そんなもんだろうねえ」

「だけど、もうそろそろ立ち直ってもらわなきゃねえ。今月はあいつが厠の掃除当番なんだよ。いつまでも 放っておくから汚くなるいっぽうだ。床に飛び散った糞が干からびて簡単には取れなくなってるじゃないか」

「まあ、そう云いなさんな。あたしが代わりに掃除してやるから。……さあ、明日はお粥でも持っていってみ ようかね。それだったら食べるかもしれない」

 しかし、瑚琳坊はその後も何も口にせず、死人のような顔色で、ずっと家に引きこもっていた。無精髭が伸 び、剃刀を当てない頭は髪が顔を覗かせて、汚いごま塩頭となっていた。頬も痩け、血走った眼だけが妙に大きく見えていた。その眼は日 増しに異常な光を帯び、隣のおかみさんでさえ薄気味悪がって近づかなくなった。

 そうしてついに、ある日瑚琳坊は狂ったとも思える行動をとった。真っ裸になり、自分の魔羅をつかみ上げ ると、出刃包丁を押し当てた。だが、刃が魔羅に浅く食い込んだ途端、恐怖が彼を抱きすくめた。真っ赤な血が見る見る大きな玉となり、 崩れて一条の赤い紐と化し、陰茎から睾丸へと伝わり流れた。瑚琳坊は慌てて手近な手拭いで傷口を押さえたが、出血はなかなか止まらな かった。

「ちくしょう。この魔羅が、周りの女に災いを……。お峰を嫉妬に狂わせ、本当の狂女にさせ、そのせいでお 鈴を、せっかく三年の命を授かったお鈴を死なせちまった……。この魔羅が諸悪の根源なんだ……」

瑚琳坊はうずくまって悔恨の情にとらわれていたが、ややあって自嘲の笑いを漏らした。

「情けねえなあ。魔羅を斬り落とす気力さえねえんだ、おれには……」

そして、彼はお鈴に教わった血止め草を探し出し、ためらい傷に押し当てたが、治りは悪く、数日間じっとし ているほかなかった。

 そんな瑚琳坊が出歩けるようになると、紅灯の巷を渡り歩き大いに荒れた。暴れ飲み、暴れ食いを続けて身 体がむくみ、頭は脂が浮いて四六時中べとついていた。あちこちで喧嘩をしては身体のそこかしこに青痣を作り、人の争いにまで割り込ん でいき唇を切ったりしていた。数百両もあった金は吉原や岡場所で湯水のように散財し、荒淫の果てに、気が付くと小判が二枚残っている だけとなった。かといって手習いの教場を再開するわけでもなく(もっとも、桁外れの放蕩にふける瑚琳坊を、手習い子の親たちは、とう の昔に見放していたが)博打の場にいりびたって勝ったり負けたりを繰り返していた。




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