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ちちろむし、恋の道行
【歴史物 官能小説】

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その1 ちちろのむしと出会ひけり-17

「だ、大丈夫か? お鈴!」

瑚琳坊が手拭いで膝を縛り上げ、血止めをした。もっとも、血とはいっても褐色の体液だったが、手拭いはみるみ るうちに滲みを広げていった。かなりの深手らしい。

「今、医者を呼んでくる!」

「な、なりませぬ……」お鈴が唇をわななかせながら言った。「医者など、とんでもありません。今、この姿を見 られたらお終いです。もう、ここにはいられなくなります」

「だからといって、この傷だ……」

「……では、薬草を採ってきてはもらえませんか……」

「薬草と云ったって……」

「血止め草というのがあります。生身の人間にはそれほど効きませんが、虫の私には霊薬……」

「だが、どんな形なのかも分からねえ……」

「茎の細長い、丸い葉っぱの草です。地面を這うように生えています。お願いです。探してきて下さい」

「お、おう分かった。それらしいのを全部かき集めてくらあ!」

瑚琳坊は下帯も付けずに飛び出そうとした。

「瑚琳坊様」お鈴が彼の背中に声をかけた。「あなたは、私の脚やひたいを見ても、何ともないのですか?」

「あったりめえだ。おまえは確かに虫だが、おれにとっちゃあ可愛い女だ!」

「……おまえ様」

お鈴の瞳が熱く潤んだ。



 ――お鈴の快復は思いのほか早かった。脚とひたいの虫の証も、刃傷沙汰の翌朝には影を潜め、膝の傷は五日も 経つと歩けるまでになった。だが、その五日間が大変だった。お峰のことは伏せておき、押し込み強盗のようなやつに襲われたのだと長屋のみ んなには言ったのだが、「お鈴斬られる」の噂は野火のように広まった。手習い子とその親はもとより、近所の若い男衆がどっと詰めかけ、見 舞いの金品がどんどん舞い込み、錦絵の版元の蔦屋からも過分な見舞いの金子が届けられた。

 ところでお峰だが、あの夜、半狂乱で自宅の難波屋に駆け込むと、寝入っていた皆が一斉に目を覚ますような大 声で喚き立てたそうだ。

「女師匠のお鈴は、ありゃあ化け物だ。虫の化け物だ。お鈴は虫に取り憑かれている!」

叫び続ける彼女を見た家人は、お峰こそ何かに取り憑かれたのではないかと慌てて奥の座敷に押し込めた。翌日、 お鈴が何者かに襲われて怪我をしたという噂が難波屋にも聞こえてきた。昨夜のお峰の着物には返り血とも見える褐色の斑点が付いていた。ま さかとも思ったが、難波屋の主はお峰に訊いてみた。

「おまえ、お鈴さんと何かあったんじゃないだろうね」

だが、昨晩以来、お峰の心は嫉妬の炎と背筋の凍り付く恐怖とに同時にさいなまれていた。蒲団に伏せったきり、 小声で何やらぶつぶつとつぶやき続けるばかりだったのである……。




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