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寝取りの騒ぎ、宵の両国
【歴史物 官能小説】

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寝取りの騒ぎ、宵の両国-2

「だがなぁ、何だか気乗りのしねえ話だな。ふぐりの化け物とか云っちゃあいるが、おおかた、どこぞの間男だろ う。うっちゃっておけ、うっちゃっておけ」

権造は平六に背中を向けると、お咲に反対側の耳をほじるように催促した。お咲は目顔で平六に「すみませんね え」と伝えた。

 その後、権造の縄張りのあちこちで化け物騒ぎが巻き起こったが、岡っ引きは知らぬ顔の半兵衛をきめこんでい た。上役の同心が「早く腰をあげろ」と催促をしても、「持病の腰痛がひどくて」とか何とかいって、のらりくらりとかわしていた。



 ところがある朝、権造の態度が一変した。その日、権造は浅草で、碁敵である岡っ引き仲間の弥七の所で夜通し 碁を六番も打ち、帰ってきたのは夜が白々と明けそめる頃だった。上がりがまちに腰をかけ、

「おう、今帰ったぜ、起きてるかい?」

奥に向かって声をかけたが、女房のお咲の返事はなかった。

「しょうがねえな、まだ寝てやがるのかい。おい」

声を張り上げながら寝間の襖を開けたとたん、権造の顔が強張った。布団の上ではなく部屋の片隅に、お咲が真っ 裸で横たわっていたのである。権造がもう一度声をかけても反応がなかった。まさか死んでいるのではと、急いで近寄って確かめたが、さいわ い息はあるし、肌は温もりを保っていた。だが、深く眠っており、唇からはよだれが垂れていた。

「おいっ、お咲、しっかりしろ!」

強くゆさぶったが、彼女は低くうめくだけだった。ふと気が付くと、妙に乱れた布団に大きな染みが出来ていた。 (こいつ、寝小便でも垂れやがったか)と思ったが、あまり臭気はなかった。だが、別の匂いを権造の鼻が捉えた。それは、栗の花の匂い。思 わずお咲の股ぐらを押し開くと、亭主は愕然となった。だらしなく弛んだ女陰から半透明の白濁したものが夥しく溢れていたのである。顔を近 づけると紛うことなき精液の臭いがした。頭をくらくらさせながらも、権造は岡っ引きの性分で周りの様子を探り始めた。あらぬ所に転がった 枕、布団はおろか畳のあちこちに出来た染み、丸めて捨てられた多くの枕紙、そして、乱れてほつれたお咲の丸髷(まるまげ)。これはまさに 濡れ場のあとだった。怒りで権造の握り拳の血管が浮き出た時、お咲が薄目をあけ、ぼそりとつぶやいた。

「ふぐりの化け物……、もっと頂戴……もっと」



 その日から権造は血眼になって化け物探しを始めた。平六の他に銀助という手下を持つ彼は、まず手分けして聞 いて回り、今まで化け物の出没した場所を書き留めた。北は本所御蔵地、南は新大橋、西は郡代屋敷ときて、東は何と亀井戸村まで及んでい た。けっこう広範囲である。しかし権造の縄張りの両国を中心としていることは確かだった。

「親分、ひょっとしてこれは、回向院の亡者のしわざじゃあ……」手下の銀助が、首をすくめながら言った。「明 暦の大火で焼け死んだ大勢の中の一人が、いまだにこの世の未練を断ち切れず、化け物に姿を変えて現れたんだとしたら」

「馬鹿ぁ云うんじゃねえ!」権造は声を荒げた。「あいつは化け物なんかじゃなく、生身の人間だ。どこかの色欲 にとち狂った野郎に違えねえ!」

権造はお咲の女陰から溢れ出た生臭い精液の光景を思い出し、心が掻きむしられるようだった。

 被害にあった家の主人は、皆一様に暗い顔で聞き込みに応じた。どの家の女房もうつろな状態だったのは四半刻 (三十分)ほどで、あとは正気に戻ったのだが、夫婦の間には深い溝が刻まれることになった。それぞれ亭主は、女房を殴りつけて顔を腫れ上 がらせたり、あてつけに岡場所の女の所に入りびたりになったり、中には三行半(みくだりはん)をつきつけて別れてしまったところもあっ た。権造とお咲の間も、はた目には平素と変わらぬように映ったが、二人きりになると会話はなく、目を合わすこともほとんどなくなっていた。


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