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BLACK or WHITE?
【幼馴染 官能小説】

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−5−-2

教室に入り、自分の席に着いても、椎奈の胸には熱い思いが渦巻いていた。昔は、軟弱でいじめられっこだった孝太郎を、よく自分が助けていたのに、今はこんな風に彼に助けられるなんて。彼だけが、自分の危機に気付いてくれた。
孝太郎に強く握られた手が、熱い。痴漢に遭って嫌な思いをした事も一気に吹き飛んでしまう程、頭の中は彼の事でいっぱいだ。
(おかしい、こんなの)
椎奈は熱病に浮かされたかのように、結局今日一日ぼんやりと放心したまま終わった。
授業が終わり、帰ろうと席を立つと、教室の外で彼女を待っていた孝太郎に声を掛けられる。つい、気まずくて椎奈はまた顔を逸らしてしまう。今朝情けない姿を見られただけでなく、この前の事もまだ謝っていないままなのだ。
「椎奈、一緒に帰らないか?」
「あ……」
一瞬、返答に詰まる。本当は、2人っきりで帰るなんて嫌でしょうがないのだが、断る適当な理由も思い浮かばず、椎奈は無言で首を縦に振った。友人達のひやかす声を背に受けながら、椎奈は早足で靴箱へと向かい、その少し後ろをゆっくりと孝太郎が付いていく。
―――案の定、電車の中の空気は気まずかった。
「試験勉強、捗ってる?」
「あぁ、まあまあ。お前は?」
「あはは、あたしは勉強嫌いだしバカだから、そんなわけないだろ。ま、赤点取らない程度には頑張ってるよ」
何とか話題を作り出し、不自然にならないよう取り繕おうとするが、少し会話を交わしたら、またすぐに沈黙が訪れる。こんなに落ち着かないなんて、息苦しくて堪らない。
孝太郎も同じように感じてはいないのだろうか。そう思うと急に彼の反応が気になった椎奈は視線だけを動かして、こっそり彼の表情を盗み見た。残念ながら、彼女の願いに反して、孝太郎は普段と変わらず、平然としている。昔から張り合ってきた彼女としては、何故か自分だけどぎまぎしていることが悔しかった。
もう一度、横目で彼を見遣る。優男風ではないが、整った顔をしている。朴訥で、あまり女受けしない彼だが、外見は十分男前の部類に入る。力強い太い眉と、その下の二重の切れ長の瞳、すっと通った鼻梁。まだ男になりきれていない、ほんの僅かのあどけなさを残した横顔が、淡い夕陽に照らされている。
勿論、柔道で鍛えられている彼の体格は、今や軟弱といった言葉とは程遠い。明らかにがっしりとしているわけでもなく、しかし、しっかりと筋肉がついたしなやかな体躯は、柔道部の練習中に何度も目にしている。格闘技の選手など、いかにも男らしく、そして強い男が理想の椎奈からすれば、孝太郎は好みに十分当て嵌まる。
ただ、その対象から無意識に外していただけだ。彼はあくまで幼馴染。男だとか女だとか、性別を超えた繋がりがあると信じていたから。
椎奈は、そっと視線を戻して俯いた。きっと、今は特別なのだ。彼に対してこんなにも胸が高鳴るのは、今朝助けてもらったから。話に聞く、いわゆる吊り橋効果といった一過性のものだろう。ただ、それだけ。明日になったら、こんな曖昧な気持ちはきっと消え失せて、いつもの幼馴染に戻れているはずだから。そう、必死に自分に言い聞かせた。
「昔は、可愛かったのになぁ」
久しぶりに彼の顔をまじまじと見つめて、思わず、ぽつりとそう呟いてしまう。幼い頃は、女の子と見紛う程の色白の美少年だった彼が、何がきっかけでこんなに逞しく成長してしまったのだろう。彼には内緒だが、無理矢理女装をさせて撮った杏子との写真が未だに佐原家のアルバムに残っていたりする。まるで姉妹のように愛らしい2人の写真。
一方、その当時の椎奈はというと、彼とは正反対の完全に少年のような格好だったので、代わりに彼が両家の母親に着せ替え人形のようにちやほやされていたのを思い出して、ふっと柔らかな笑みを零す。
無論、当の本人にとっては思い出したくない過去以外の何物でもないのだが。
「ん?何だよ」
「んーん、独り言」
 ふと、子どもの時の記憶が甦り、ほんわりとした温かい気持ちになった椎奈は、先程までの緊張が少しだけ和らいだことを感じた。
―――そう思ったのも束の間、電車を降りた後も、再び妙な違和感が続く。椎奈は、孝太郎の態度が気になって仕方なかった。さり気なく、彼女を気遣うように彼が車道側を歩いたり、狭い通路で自転車とすれ違う時には、庇うように無言で手を引かれたり……。彼の顔を見ると、いつものように無愛想な表情をしてはいるが、穏やかな瞳で椎奈を見つめ返してくる。それが、何故だか、無性に苛立ってくるのだった。
(あぁ、嫌だ、そんな目で見るな。居心地悪い)
視線が交わると、椎奈はすぐに目を逸らした。
今朝の出来事のせいで、どうやら自分は弱い、ただの女だと彼に認識されてしまったに違いない。庇護の対象のように、思われてしまった。決して男から守られるだけのような、か弱い女なんかではないのに。女扱いをされるのに慣れておらず、それがむず痒くて仕方がない。
しかし、2人きりの今はせっかくのチャンス。言うべき事だけは言っておかなければ。気を取り直して、椎奈は覚悟を決めた。
「あのさ……」
家の前に着き、椎奈は躊躇いがちに、話を切り出す。孝太郎は、無言のまま彼女の話を促した。
「この前の日曜は、ごめん。何か、騙したみたいになっちゃって」
「一体、何のつもりだったんだよ」
孝太郎は、感情を窺わせないような声音で、静かに問い掛ける。
「いや、その、杏子と、お前なら、お似合いだなって、思ってさ……」
「は?」
耳を疑いたくなるような言葉が彼女の口から飛び出したので、孝太郎は素っ頓狂な声を上げる。 歯切れ悪く、ぽつりぽつりと、椎奈は語り出した。
「両思いなら後押ししてやろうと思ってたんだけど、杏子があたしの勘違いだって言うから。早とちりでほんとごめん、あたしっていつもこうだよな……」


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