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BLACK or WHITE?
【幼馴染 官能小説】

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−5−-1

翌日の、学校。
孝太郎とクラスの違う椎奈は、何度も彼の教室の前の廊下を行ったり来たりしていた。もうすぐ期末試験が近く、部活動停止の期間であるため、放課後の部活では会えない。メールで一言謝れば済みそうなものだが、誠意を見せるためにこういう事は自分の口でしっかり告げたいというのが、いかにも生真面目な彼女らしかった。あまり先延ばしにするとますます言い出しづらくなりそうなので、さっさと謝ってしまいたいのだが、どうしてもその一歩が踏み出せない。
(だめだ、やっぱ気まずい…)
結局、下校時間になるまで孝太郎を呼び出せなかった椎奈は、今日は諦めて帰ることにした。
(うん、たぶんまた機会があるよな…いざとなったら家に押しかければ)
一方、授業の合間の休み時間の度に教室の前をうろうろしている彼女の姿に、当然ながら孝太郎は気付いていたが、自分から声を掛ける事はしなかった。突然すっぽかされて、昨日は怒りに任せて1人バッティングセンターで憂さ晴らしをしていた。それでも、むしゃくしゃは簡単に収まらない。
机の上に頬杖をついて、ぼんやりと校庭を眺めると、ちょうど椎奈が友達数人と下校している姿が目に入った。自分を気にしているのかと思いきや、ムードメーカーらしく、友人達の前で屈託のない笑顔を見せている。
(ったく、一体、どういうつもりなんだよ)
彼女の姿を目で追いながら、彼は切なそうに顔を歪める。
昔から、そうだ。自分は彼女に振り回されてばかりだった。自分の腕の中に捕まえてしまいたいと思っているのに、留まらず簡単にすり抜けていく。自由気ままな、鳥のように。




翌朝、椎奈は吊革に摑まって満員電車に揺られていた。普段、自宅で勉強なんかほとんどしない彼女も、さすがに試験前くらいはしっかり勉強して、赤点すれすれの成績で補習を回避する。補習に引っ掛かると、大好きな部活動に出られない。そのため少し寝不足気味だ。
うとうとしていると、何だか足に妙な違和感を覚えた。誰かに、故意に触れられているような。満員の電車の中なので、気のせいかもしれない。椎奈はそう思い込もうとしたが、その感触が徐々に太腿の方に近付いてくると、背筋に悪寒が走る。ついに、スカートの上からお尻に手が触れて、体を強張らせた。
ごくんと、唾を呑む。まさか、自分が痴漢に遭う日が来ようとは…。前に自分が他の被害女性を助けているように、手を思いっきり掴んで、捻り上げてやればいい。さぁ、早く。そう脳が体に命令を下す。
しかし、いざ我が身に降りかかってみると、得体の知れない恐怖で身が竦んで動けない。それに、以前よりも彼女は自分自身の力に自信がなくなっていた。柔道部の練習試合でも、孝太郎にはいつも勝てないし、男と女の圧倒的な力の差というものを、自覚しつつあった。
(どうしよう、敵わないかも……)
一瞬でもそんな心の弱みが生じると、そこにつけこむかのように、不安がどんどんと墨汁のようにどす黒く拡がっていく。
下半身を遠慮なく這い回る、気持ちの悪い感触に、俯き加減で唇を噛んで耐えていた。こんな朝の忙しい、満員の電車の中、きっと気付いても助けてくれる人なんているはずがない。自分でどうにか撃退するしかないのに、体は笑えるくらいに震えている。何て、情けないんだろう…。
ぎゅっと目を瞑っていると、突然、何者かによって腰を抱き寄せられた。びっくりして思わず目を開けると、そこには孝太郎の姿がある。無理矢理人波を掻き分けてやってきたようで、周囲から少々非難の視線を浴びているようだが、彼は特に気にする事なく、真っ直ぐに窓の外に視線を向けていた。
彼の精悍な横顔に、椎奈は大きく胸が高鳴るのを感じた。彼女の背後に彼が強引に体を割り込ませたため、当の痴漢はすっかり他の乗客に紛れてわからなくなってしまった。
椎奈は下車する駅まで、破裂しそうな程の胸の鼓動を抑えられなかった。相変わらず、腰に手を回されて抱き寄せられたまま、頭の近くで、彼の息遣いが聞こえる。緊張で、吊革を持った手がぐっしょりと汗に濡れている。
(あぁ、もし誰かに見られてたらどうしよう。絶対、ひやかされる)
ようやく、高校の最寄駅に着くと、ほっと安堵の吐息を吐いた。
孝太郎は椎奈の手を取ると、彼女の手を引いて電車を降りる。ごく自然に手を繋いできた彼に、頬が火照りそうになるのを、椎奈は必死に堪えた。
大勢の生徒が慌しく降りて、一気に閑散としてしまった駅のホーム。椎奈は無言で、前を歩く孝太郎の背中を見つめていると、突然彼が苦い顔で振り返る。
「ばっかじゃねーの」
予想外の彼の暴言に、椎奈は面食らった。
「は!?何だよ、いきなり!」
「何で、大人しく堪えてんだよ。いつもみたいに突き出してやりゃいいのに」
言葉は乱暴だが、彼の瞳は、心底彼女の身を案じていたことを如実に表していた。その真剣な眼差しが、椎奈をますます動揺させる。彼は、こんな顔をするような男だっただろうか?
「え、っと……」
先程までの胸の高鳴りがまだ収まらず、椎奈は間の抜けた返答をしてしまう。
「わ、わかんない。勉強のしすぎ、で疲れた、かな?」
視線が刺さる。恥ずかしくて、彼の顔をまともに見られない。いろいろな事があって感情が昂ぶったのか、無意識のうちに涙が零れていた。はっと、椎奈は咄嗟に顔を背ける。
「…椎奈…」
「ごめん、ちょっと目にごみが入っただけだから。あの、助けてくれて、ありがとう」
椎奈は繋いだままだった孝太郎の手を振り解くと、小走りで改札口へと向かう。彼の視線を背中に痛いほど感じたが、一度も振り返る事ができなかった。振り返ってしまえば、自分の中の何かが零れてしまいそうで。


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