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氷炎の魔女・若き日の憂鬱
【ファンタジー 官能小説】

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氷炎の魔女と黒狼の旅記録-4

 最初は、狼姿の自分に抱かれるのがシャルは嫌ではないか……罪悪感から拒まないだけではないか不安だった。
 しかし、その不安は言葉にせずともシャルにちゃんと伝わってしまったらしく、思い切りキレられた。
 普段は冷静沈着な彼女だが、氷のように冷たく非情な面を持つのと裏腹に、時に炎のように苛烈で情熱的な一面も、垣間見せる。
 そして自分の恋愛になると、まるで表現が不器用になるというのも最近知った。

 だから今は何も遠慮せず、シャルを思うさま抱き、狼の血を引く精を注ぎ込む。

「あ、ああっ、あぁ……―――――っ!」

 狼の長い射精の間、シャルは全身をひきつらせて何度も絶頂を訴える。
 とても淫らで艶めいていて、可愛らしい姿だった。
 朝になるとシーツの中で丸まって、昨日は乱れすぎてしまったと真っ赤になっているのも愛しい。
 今のロルフは、夜が明けないうちに宿から出なければいけないから、その姿を見れないのが残念だ。

(シャル……やっぱり俺はどんな難問を出されても、シャルしか選べないよ……)

 正義の魔女とか、外道魔女とか、シャルに関する好き勝手な噂が、大陸中に飛び交っている。
 ロルフもシャルも薬を探して旅をしながら、同時に大きく変わり始めたこの世界で、フロッケンベルク国の密偵として動いていた。だから本当は、こんなに目立ってはまずいのだ。
 シャルの父親ヘルマンのように、どれだけ多くの国や人々の命運を左右させようと、その名も存在も一切の記録に残さず、冬が過ぎれば消えてしまう氷のようでなければ。
 しかしシャルは父親の分身ではないし、なりふり構っていられないほど、焦りまくっていた。
 結果、冷酷かつ破天荒な『氷炎の魔女』という存在を表に大きく出すことで、密偵という面を隠したのだ。

「ん、ん……ロル……フ……ぅ」

 半ば意識を飛ばしたシャルが、甘い声で鳴く。
 熱い頬に流れる涙を舐めとった。
 人の姿を取り戻したら、やりたいことは色々あるけれど、一番最初は決まっている。

 シャルを両手でしっかり抱きしめ、愛していると、声に出して告げるのだ。


 ***

 ――ここはフロッケンベルクを覆う広大な森林の端。
 背の高い針葉樹の先端に細い月がひっかかり、控えめな月光が二人の男を照らしていた。細身の若い青年と、それより少し年上らしく見える背の高い男だ。

 新たな街道は年中の通行が可能とはいえ、真冬に森を通るには、それなりの装備と用心を伴わなくてはならない。
 こんな夜中に軽装で歩くなど、正気の沙汰とは思えない行為だった。
 青年はそれでも黒いコートを着ているが、どこか剽悍な狼を思わせる男のほうは、薄着に裸足で平然と雪の上を歩いている。

「思ったより早く、全部揃いましたね。たいしたものです」

 青年……ヘルマンは褒め言葉を、少々残念そうな口ぶりで言う。
 一方で、ルーディは大喜びを隠そうともしなかった。

「よくやったロルフ! これで俺も、シャルに『お義父さん』って呼んで貰え……ってお師さま! その引きつった笑顔、怖すぎる! 今まで通り、ルーディおじさん、で良いから!」

 ルーディは大慌てで飛びのき、張り付いた笑顔を浮かべて身体中から絶対零度の冷気を滲ませるヘルマンと距離を取る。
 ヘルマンはアイスブルーの冷たい視線でルーディを少し睨み、氷の粒が混じった息を吐きだした。

「……約束は守りますよ。もう後は本人たちの望むままに任せます」

 ヘルマンとルーディは手分けしてこっそりと各地を回り、氷炎の魔女と黒狼の冒険軌跡を調査してきたのだ。
 気づかれないようにシャルたちを少しだけ足止めをしたが、二人も明日には家へ帰ってくるだろう。

 ヘルマンはそれきり口を閉じ、ふと夜空見上げた。
 昔、自分の髪はこんな漆黒色をして、眼は紺碧だった。氷の魔人となって髪と眼の色が薄い色へ変わり、身体は歳を取らぬ細胞へ変化した。
 ……それでも、本質だけは変わらなかった。
 執着するものなど何ひとつ持たず、誰かに縛られるのも縛るのもご免だと思っていたのに、どうしてこうも変わってしまったのだろう。

 大事なものが沢山できて、好ましい相手が増えて、永遠に冬だと思っていた自分の心は、いつしかちゃんと季節を巡らせるようになっていた。

 ただし、どんなものにも代償がある。
 今回のように、愛娘を得れば、嫁に出す寂しさを味わう羽目にもなるのだ。

「――ルーディ?」

 不意にルーディが姿を消したかと思うと、暗灰色の狼に変身して戻ってきた。
 服を口に咥えていても、ニヤニヤしているのが判る。
 背中へ乗れというように、暗灰色の人狼は首を曲げて合図した。早く家に帰って、愛妻に息子の結婚報告をしたいのだろう。
 思えばこの風変わりな弟子を取ったのも、ヘルマンの人生を大きく変えた一因だ。

「では、お言葉に甘えますよ」

 ヘルマンは口端に小さく本物の笑みを浮かべ、ルーディの咥えていた衣服を持ってやり、その背に飛び乗る。

 暗灰色の狼は、月と無数の星が煌く夜空に向けて、嬉しそうに大きな咆哮をあげると、氷雪の森林を駆けていった。

 終




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