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氷炎の魔女・若き日の憂鬱
【ファンタジー 官能小説】

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二色瞳の留学生-4

***

 魔術ギルドの敷地には、領主の館のような優美な建物が何棟もあり、一部は寮として使用されていた。豪華な部屋から召使部屋まで、部屋のランクは差が大きいが、留学生に与えられるのは、かなり上等の個室だ。
 壁紙は深緑で、大きな両開きの窓が一つ。窓枠や箪笥に机は、全て年季の入った飴色の木で作られ、魔術ギルドの古い歴史を誇示しているようだ。

 良い部屋をあてがうのは、留学生への配慮というより、ロクサリスの国威を示すためでもある。
 もっともその恩恵を受ける身としては、別にどちらでも良く、シャルはこの部屋がそれなりに気に入っていた。
 なにしろ小さいが、専用の浴室まであるのだ。薬草石鹸や化粧水の類も揃い、陶器でできた猫足のバスタブにも、今夜はカエルや虫は詰まっていなかった。
 いてもすぐに魔法で消せるが、最初から無い方が、やはり気分がいい。

 ここに来た初日から、部屋にはありとあらゆる嫌がらせを仕込まれた。部屋掃除のメイドもグルなのだから、物理的な部屋の鍵など何の意味もない。開けられたくない引き出しには、いちいち魔法で鍵かけが必要だったりと苦労したが、しばらくは平穏だろう。
 何より、これで錬金術ギルドの長からの密命も果たしたことになる。

 湯浴みをして髪を乾かし、夜着一枚で寝台に横たわったシャルは、大きく開け放した窓を眺める。よく晴れた夜空に、綺麗な満月が浮かんでいた。

 今は夏。
 氷雪に覆われる故郷フロッケンベルクも、野山が僅かな生気を取り戻し、もっとも美しくなる季節だ。
 自分で選んで来たのに、故郷の賑やかな夏の景色や両親の顔を思い出すと、ガラにもなく実家が恋しくなる。
 それに隊商の一員となった親友の少女が、せっかく夏の故郷へ帰ったのに、シャルがいないと知って落胆すると思えば、心が痛んだ。

 想いを断つように頭を振り、寝返りを打った。
 湯上りの火照った身体に、夏の夜風が心地良い。眠るまで窓は開けたままで良いだろう。
 ここは四階だし、もしも侵入者が来ようと、ソイツに後悔させるだけの自信はある。

「っ!?」

 しかし、空を斬る鋭い音がしたかと思うと、尋常ならざる気配をまとった影が、窓から飛び込んできた。
 シャルはとっさに跳ね起き、攻撃魔法を唱えようとしたが、魔法灯火に照らされた侵入者が、漆黒の毛並みをした狼なのに気づく。それも、ただの狼ではない。金色がかったアメジスト色の瞳をした精悍な雄の狼は、人狼のハーフで幼馴染の青年、ロルフが変身した姿だ。

「ロルフ!?」

 思わず声をあげてしまい、急いで窓をしめる。
 ロルフは不機嫌そうにグルグルと喉を唸らせていたが、その身体は瞬く間に青年へと姿を変えた。
 黒髪はさっぱりと短く、無駄のない鍛えられた長身は、剽悍な狼のイメージそのものだ。
 凛々しい顔立ちも大人びて見えるが、実際はシャルより一つ年上なだけだった。
 狼から人に戻る時は素裸になってしまうので、ロルフは折りたたんで首に下げていた黒い騎士マントを、腰回りに巻きつけた。

「シャル、やっと会えた」

 いつも穏やかなロルフだが、険悪な表情でシャルを睨んでいた。声も低く、怒っていると十分すぎるほどわかった。

「ひ、久しぶり……どうしてここに?」

 動揺のあまり、声と顔がひきつってしまう。そもそも、周囲に無理を言って留学したのは、ロルフと距離を置くためだったのに。

「士官学校の卒業試合で優勝すれば、ロクサリス王宮への使節団に加えて貰える」

「あら、そう……」

 それだけ言うのがやっとだ。
 いくら使節団のメンバーとはいえ、魔術ギルドの寮へ夜中に入れるわけがない。だから無断侵入したのだろう。
 内心で甘かったと、舌打ちする。
 今朝、王宮にフロッケンベルク使節団が到着したと、シャルも老師たちからは聞いていた。それにロルフなら、卒業試験できっと優勝するとも思っていた。
 しかし同国人といえ、留学生はわざわざ使節団と顔を合わせる義務もないから、魔術ギルドに引き篭もっていれば安心だと思っていたのだ。
 まさか、あんな風に逃げ出した自分に会う為に、真面目なロルフがこんな手段で侵入するなんて。

「ひどいじゃないか。いきなり黙ってロクサリスに行くなんて。いくら手紙を書いたって返事もくれないし」

「それは……ごめん、忙しくて……」

 後ろめたくて、口ごもってしまう。
 嫌がらせの対処に多忙だったのは本当だが、手紙を書かないのは、わざとだった。
 人狼ハーフの幼馴染が、一歩だけ近づく。無意識にシャルも一歩、後退していた。真摯で苛烈な獣の瞳にしっかりと見据えられる。

「三ヶ月も待った。俺のつがいになってくれるか、シャルの答えを聞かせてくれ」



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