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あしあと
【家族 その他小説】

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あしあと-10

「リハビリを、してみましょうか」

 若い女性の看護師が数時間後にやって来て、そう言った。
 
「体が、起こせないんですが」
「じゃあ、体をこう、横向きにしてからベッドに腰掛けてみましょう」

 そう言われても。そう思ったが、体を横向きにはしてみた。
 それから体を起こすのはやはり至難で、傷のない腕の力に頼っても、動くと腹から力が抜けていくような気がした。
 横向きのまま、必死に腕を突っ張り体を起こすと、ようやく体がベッドに対して垂直になる。
 これだけのことをするのに、額に汗が滲んだ。

「立ち上がれますか?」

 看護師は俺の体中についた管を邪魔にならないように点滴台に引っ掛けて、立ち上がるように促す。
 俺は大きな点滴台に腕をかけ、力をかける。点滴台は、杖のようなものだ。
 異様に体が重い。足がガクガクと震えて、それでも点滴台にしがみつきながら立ち上がった。
 軽く目眩まで覚えて、足を前に踏み出すことが出来ない。
 手は自然に傷口を押えて、老人のように背中が丸まっている。立っているのが精一杯だ。
 看護師が、俺の横に寄り添っている。

「歩けます? あの扉まで歩いて戻ってきましょうか」

 出口の扉まで、十メートルもないと思うが、果てしなく遠い距離のように思えた。
 ようやく足を一歩踏み出す。歩幅は三十センチも無いだろう。
 歩くたびに、傷口の違和感が大きくなる。そこから気力が抜けだして、体がさらに重くなる。
 何分かかけて、扉まで辿り着くと、息が切れて汗が全身から滲んでいた。
 しんどい。十キロ走ったくらいの疲労感だ。息を整えてから、帰路につく。
 看護師が俺の脇を支えている。
 若い女性にこういうことをしてもらうのは、好ましいはずだが、そんなことを考える心の余裕は無かった。
 必死に歩いて、ベッドに着いた時は腰が砕けるように崩れ落ちた。
 息が乱れて、呼吸が苦しい。傷口の影響で深呼吸が出来ないのである。
 体を動かすのも、歩くのも、息をするのさえキツい。
 看護師が着替えを持ってきて、汗を拭いてくれた。
 上半身だけだ。下半身もと言われたがこちらが適当に断った。
 そこまでされると、身も心も老いたような気持ちになりそうな気がする。
 手に点滴、腹に廃液、背中に麻酔、下に尿管と管だらけであるので着替えは自力では無理で、衣服は看護師にされるがままに着させてもらう。
 何か自尊心を侵される感じがするが、汗をかいてすっきりしたのか、体は心地よい。
 役割を終えた看護師が去ると、睡魔が訪れて眠りについた。


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