プロローグのプロローグ-1
1
広間に、女の喘ぎ声が響いている。
でもそれは演技じみて、どこか無機質な声だった。
「――女王様、お楽しみのところ失礼いたします。」
玉座に続く階段の下。
まるで闇から生まれ出たように、ひとりの女――サキュバスが立っていた。
「別にいいわよ…楽しめてもいないし。」
階段の上。
騎乗位で腰を振る女が、息ひとつ乱さずに答える。
芸術的な均整と、匂い立つほど肉感的な色気を兼ね備えた肢体。
ふっくらした唇に引かれた真っ赤なグロスがひどくセクシャルで、背に生えたぬめらかな黒翼までが、見る者を興奮させる。
彼女が、すべての魔物娘の長――淫女王である。
「ぅ・・・っ」
か細い悲鳴を上げて、女王の下の男が震える。
彼は憔悴しきった顔に一瞬喜悦を浮かべて、それきり動かなくなった。
その最後の震えを受け止めて、女王は何事もなかったように立ち上がる。
「仕事よ。この‘ゴミ’を片付けて頂戴…。」
そのまま玉座に腰かけた女王が、階段の下に佇むサキュバスに命じる。
「はい。ですが、その前にひとつご報告を。またひとり、勇者が領内に侵入しました。」
「…それだけ?じゃあ早くこの‘元勇者’を片付けて、いっそ今来ている勇者も、貴女が‘片付けて’くれないかしら…?」
これまで数多くの勇者が、数多の誘惑を退け淫女王の下に辿り着き、そして還らぬ人となった。
だからその戦いを世に伝える者はないが、その実態は女王の一方的な陵辱である。
幾多の魔物娘を逝かせた勇者の性技とて、淫女王の前では児戯に等しいのだ。
「はい、今すぐに。ただもうひとつだけ…今度の勇者は、‘実験体’の様です。」
その言葉に、女王は少し興をそそられた様だった。
「あら…‘モルモット’が来るのは久しぶりね・・・。」
「はい。前回からは6年ぶりになります。――いかが致しますか?」
サキュバスがそう聞いた時には、フロアに転がる‘勇者だった物’はもう消えていた。
彼女は、‘まだ勇者でいる方’の始末を聞いているのだ。
「そうね…いいわ、通してあげなさい。せっかくだから、私が相手をしてあげる。」
「かしこまりました。」
2
なんで勇者になろうと思ったか――それは、私が‘ふたなり’だから。
普通とはちがって生まれた意味を見つけるために、私は勇者になった。
そして旅立って、たくさんのモンスターと‘戦って’・・・ついに私は、淫魔王の城までたどり着いた。
(やっと・・・ここまで来れた。)
天までそびえる大きな城を見上げながら、私は胸の中でつぶやく。
‘男’も‘女’も合わせ持つ私にとって、‘勇者’は天職かもしれない――
最初は、なんの根拠もない予感だった。
でも今、それが確信に変わろうとしている。
(絶対…絶対に、生きて帰る。)
淫魔王を倒せたなら、私にもちゃんと‘意味’ができる。
‘普通’の幸せをあきらめなきゃいけなかった私に、これが神様の与えてくれた‘意味’なんだって、思えるものができる。
・・・・いいや、それはちょっと違う。
だって今の私には、あきらめていた幸せが――私を愛して、帰りを待ってくれている人が、ちゃんといるんだから。
(姫様・・・もうすぐ、帰るから。もう少しだけ待っててね…?)
ゆっくり開いていく城門を見上げて、私は決意をあらたにする。
そして私は、魔城に足を踏み入れた。
――‘戦い’が始まって数分。
女王の広間に、切ない喘ぎ声が響きわたっていた。