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【A】
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【A】-1

 Aはフリーのスパイだった。小型の拳銃やら高性能の爆弾やら所持し、国家のひとつくらい3日あれば軽く消せた。また、スパイ同士の縄張り争いだって無敵の強さを誇り、何人もの人間を殺した。手下だってたくさんいた。個人の能力でいえば、IQ200、どんな言語にも対応でき、相手の一挙動から、相手の考えている事が読めた。地球上で有名ではないにしろ、無敵の存在だった。

 ある日、彼が何気なしにテレビをつけると、臨時ニュースが流れていた。「謎の大量自殺が発生しています。」「繰り返します、謎の大量自殺が…。」

 世界中で話題になっているニュースだ。彼も無論知っている。何でも、凶悪犯罪者が、次々に自殺しているらしい。最初はその程度の認識だったが、周りの仕事仲間と連絡が取れなくなっているうちに、事態が深刻である事がわかってきた。

「…しかし」

 彼は、あまり納得できる内容ではない。自殺した奴には、彼の知っている奴も多く、しかし、だれひとりと自殺するような奴ではない。

「おかしい…」

 ふとそのとき、背後に何かの気配を感じたAは、即座に振り返って、銃を抜いた。

「くっ」

 そこにいたのは、誰なのか。よく知っている人物。鏡の向うの住人。つまり、「もう一人の俺」

「ドッペルゲンガー…」

 彼の口から、ふと言葉が漏れた。いや、正確にはドッペルゲンガーの口からも。ドッペルゲンガー。自分と全く同じ、もう一人の自分…。

 引き金を引けば、たぶん同時に向うも引き金を引くだろう。

「くそっ」

 Aとドッペルゲンガーは銃を互いの相手の足に向けた。

「ちっ」

 Aは、腰のベルトについている小型爆弾に手を伸ばした。しかし、同時にドッペルゲンガーの手が、腰に行くのが見えた彼は、手を止めざるをえなかった。

「…」

 彼は、冷静に思考を広げていた。「俺が殺そうと思えば、同時に俺も死ぬ。しかし…」

 眼前の相手の冷徹な目を見ては、銃を下ろすことはできない本能に駆られている。


 Aとドッペルゲンガーはにらみ合ったまま対峙していた。瞬きのタイミングですら同じだった。相手の表情からは何も見えない。当たり前だ。どんな時でもポーカーフェイスを保つよう、訓練してきたのだから。IQ200も諸刃の刃だ。


 Aは、もう一度、ドッペルゲンガーに銃を向けた。同時に彼の胸にも銃口が向けられる。「相手を殺せば自分も死ぬか…」

 ならば、とAは自分の頭に銃を向ける。同じくドッペルゲンガーも。誰かに殺されるのであれば、自分で引き金を引いてやる。それが俺のプライドだ。


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