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堕ちた天使の夜想曲
【ファンタジー 官能小説】

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領主様の休暇場所-1

 
 ランベルティーニ領主ルーファスといえば、顔良し家柄良し能力良しと三拍子そろった青年貴族として、昔から国内外で有名人であった。
 そして数多の姫君たちが血眼で奪い合った彼を、突然現れた不思議な女性が射止めてしまった逸話は、遠い国にまで面白おかしく語り継がれている。
 天使のように清楚可憐な奥様と、その奥様に骨抜きな領主さまは、夫婦仲もむつまじく、幸せに暮らしましたとさ……と、吟遊詩人たちは詠うのだ。

 ――しかし実は、庶民が考えるほど、領主という職務は甘くない。
 いい加減にやるならともかく、領民の平和を願い、真面目にこなそうとすればするほど、激務となっていくのだ。

「リドぉ……休暇を要求する。領主にも休みが欲しい……」

 書類が山積みの執務室の机に突っ伏して、ルーファスは呻いた。
 蜂蜜色の髪と碧眼の美青年の彼は、結婚してもなお、女性達から絶大な人気を集めるアイドル領主さまである。
 だが屍同然にぐったりと机に伸び、砕けた口調で愚痴るこの姿は、とても姫君たちに見せられるものではないだろう。
 彼のこんな姿を知っているのは、乳兄弟でもある執事をふくめて数人だけだ。

「頼む。俺が過労死する前に、温泉に浸からせてくれ……」

「では、少々休憩を入れましょうか」

 追加書類を抱えてやってきたリドが、窓の外へと視線を向ける。
翡翠色の視線の先には、城の裏を流れる小川があった。

「奥様がどんぶらこと流れこられた川なら、すぐそこにございますから、ご存分にどうぞ」

 ちなみに今は、木枯らしふきすさぶ真冬である。

「飛び込めと!? あそこに飛び込めと!?」

「ご不満ですか? ちゃんと野外で水があるじゃないですか」

「ご不満だよ! 俺を凍死させる気か!」

「贅沢言いやがらないでください。あんまり鬱陶しいと、川に投げ込みますよ」

「その嬉しそうな笑顔やめてくれ! お前がその顔で言うと、本当にやりそうで怖い!」

 いつも調子でやり取りしたあと、ルーファスは机に頬杖をつき、鬼畜執事を睨んだ。

「それにな、どんぶらこは無いだろう。カテリナに付ける音は、キラキラとか、さらさら以外は認めない」

「本当に要求したいのは温泉でなく、そのキラキラな輝かしい奥様だと、素直に白状しやがったらいかがですか」

 リドが薄笑いを浮べ、冷ややかな声で応えると、ピクリと額に青筋を浮べたルーファスは、勢いよく椅子から立ち上がった、

「ああ、そうだ!! 悪いか!? もう四ヶ月もカテリナの顔を見てないんだぞ! よ・ん・か・げ・つ!!
 いい加減、我慢の限界だ!俺の天使にいますぐ会わせろぉぉ!!!」

 涙目の当主は、執事の両肩を掴み、ガクガク揺さぶる。
 カテリナは今、領内の温泉保養地に行っている……といっても、優雅な休暇ではない。
 新しく作る孤児院についてや、老朽化した孤児院の建て直し、それに院を出た孤児たちが働ける場をもっと増やすことについて、保養地の貴族達を訪問し、協力を仰いでいるのだ。
 何しろランベルティーニ領には、国内中の貴族が保養に集まってくる。彼らに声をかければ、国中の孤児を支援できる。

 結婚して二年余り。
 互いに多忙な領主夫妻は、半月や一ヶ月くらい顔を会わせない事はざらにあったが、さすがに四ヶ月は最長記録だ。
 ルーファスも王都に出向いたりと、タイミングが悪くすれ違いが重なった結果だった。

 しかし、カテリナだって頑張っているのだから、本人を前に寂しいなどと泣き言は絶対に言えない。
 言えば、優しいカテリナのことだ。
 もしかしたらルーファスを気遣い、館に留まるようになるかもしれない。だがそれでは、国中の孤児を救うのに力を尽くしたいという彼女の願いを、犠牲にすることになる。

 この城で、ルーファスだけの事を考え、いつでも帰りを待ち続けるカテリナ……一瞬、それはそれで魅力だと思ってしまった正直な自分を、殴りつけたくなった。
 そんなことは、絶対にさせてはいけないのだ。

「リドだってクレオの顔を見たいだろ?」

 だからせめてルーファスは、リドにこっそり愚痴を垂れる。
 カテリナ付き侍女のクレオと、ルーファス付きのリドも、同じ期間だけ会っていないはずだ。
 まだ正式には結婚していない二人だが、互いに相思相愛なのを、ちゃんと知っている。

「ご心配には及びません」

 リドは整った細面の顔に、これ以上ないほど優美な笑みを浮べる。

「あの我慢がきかない身体には、四ヶ月くらいの放置調教がちょうど宜しいのですよ」

「――こら。どれだけ爽やかな笑顔を作っても、鬼畜発言は薄まらないからな」

 ルーファスは冷や汗をかき、心持ち身を引く。
 この歪みきった鬼畜愛情に付き合えるクレオは、滅多にいない貴重な逸材だろう。

「まぁ、そこまで行けば、ちょっと羨ましい気もするが、クレオをあんまりいじめすぎるなよ」

 どうやら意地っ張りな執事は、死んでも泣き言を言う気はないようなので、ルーファスは諦めて書類仕事を再開した。
 書類を一枚ずつ読み、ペンを走らせる。
 毎年、年末はことさら忙しくなるのだが、今年は領外へ出かける用が何かと多く、書類がどっさり溜まってしまった。
 国内有数の保養地を統べる領主ではあるが、ルーファス自身は休暇をとる余裕など滅多にない。
 領主の義務を放棄してまで休みを取りたいとは思わないが、時には少しくらい癒しが欲しくなるのも事実だ。

(せめて、カテリナがいればなぁ……)

 内心で、こっそりと溜め息をついた。



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