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アイツがあたしにくれた夏
【コメディ 恋愛小説】

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本当の気持ち-8








一歩、また、一歩。


サンダルがアスファルトを蹴る音と、カラカラと自転車の車輪が回る音が聞こえる中、あたしと店長は無言で歩いていた。


店長は、普段は割りとおしゃべりで(と言っても大半が奥さんのノロケ)、沈黙なんてあまりないんだけど、なんだか今日はずっとだんまりを決め込んでいる。


あー、早く家帰りたいんだろうな。


難しい顔を見ていると、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。


よし、次の角を曲がったら店長を解放しなきゃ。


あとはレンタル店で適当に時間を潰してから駅に向かえばオッケーだ。


そう決めると、すでに目の前には曲がり角。


「店長、ここからは一人で大丈夫ですよ」と言いかけるより早く、


「古川さん、駿河くんと何かあった?」


と、店長はやけに神妙な顔してあたしの顔を見つめていた。


目の前の幹線道路は深夜のせいか、スピードを上げて走る車が多くて、横切る度に埃っぽい風が髪の毛を巻き上げる。


頬に貼り付いた髪の毛を剥がしながら、あたしは「え? 別に何もないですよ?」なんて、余裕綽々で笑って答えるつもりだった。


……けれど、なぜか声が出てこない。


顔の筋肉が妙に強張ってピクピク痙攣して、立ち止まっていた足が動けなくなった。


……店長、気付いてくれてたんだ。


「古川さん……」


店長の心配そうな顔が滲んで見えなくなる頃、あたしは自分が泣いていることにようやく気付いた。







気付けばあたしは、レンタル店の外にあるベンチに座らされていた。


手にはスッキリ甘い、炭酸ジュースのアルミ缶。


店長もまた、自転車に跨がったまま、あたしと同じアルミ缶を持っている。


やがてそれを一口飲み込んでから、彼は意を決したように口を開いた。


「なんか変だなあって、ずっと思ってたんだ。いつもあれだけ仲良くじゃれ合ってた駿河くんと古川さんが、全然口きいてないんだもん」


「…………」


「駿河くんが店辞めるって話も、本人は就活のためなんて言ってるけど、ホントはそれも古川さんが関係してんだよね?」


本人からハッキリ言われたわけじゃないけど、あたしが傷つけた後で辞めるなんて、あたしのせいなのは明らかだ。


でもそれを口に出してしまうと、店長に責められるような気がして、貝のように口を閉ざしてしまう。


瀬戸際で溢れてしまいそうな涙をなんとかこらえ続けていても、罪の意識に押し潰されそうで、あたしは手に持った缶をペコペコ凹ませては下唇を噛むだけ。


そんなあたしを尻目に、店長は答えを待っていたみたいだけど、やがてフウ、と息を吐くと寂しそうに空を見上げた。


「……駿河くん、フラれちゃったかあ」


ボソッと呟いた独り言に、思わず顔を上げると、彼はあたしを見ないまま折り畳み自転車のブレーキレバーを握ったり離したりしていた。






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