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不貞の代償
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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進展-1

 書類を詰めたキャリングケースを持ち、図面ケースを脇に抱え、ヒールの音を響かせて通路の端を足早に歩いた。すれ違う社員には、微笑をたたえ会釈するよう心がけている。
 部長室の前で一呼吸してからノックをして中に入った。田倉は書類の上でペンを走らせていた。
「悪いが今日は早く帰らせてもらう」
 先日と同じ台詞を顔を上げずに言った。
「承知しました」と一礼をする。
 しばらくして、自分のデスクの上で書類を整理していると、「今日も、逢うんだ」と告白した。それには返事を返さずに立ち上がり、田倉のデスクに歩み寄り、書類をそっと差し出した。
「△△建材さんとの打ち合わせで修正した図面ができあがりました。あとでデーターもお渡しします」
「ありがとう」
 ようやく顔を上げた田倉にできるだけ優しい笑みを見せる。
「明日、来られるそうです。時間は十四時としましたが」
「うん、問題ない」
「先方に渡す図面はわたしの方で選別します」
「頼む。あとで目を通しておくから」
 視線を落として相手と話す田倉の姿を今まで見た記憶がない。遊園地へ行った数日後、お礼を理由に食事に誘ったと聞いた。そのあとも遠慮気味だった――田倉がそう告白――奥さんを強引に誘ったらしい。
 指先に視線を感じたので、嫌みを感じさせぬよう――決して不快ではないが――おもむろに手を引いた。酒の席で田倉に「その爪で背中をひっかかれたいな」と冗談交じりで言われたことを思いす。書類や図面を指さしながら打ち合わせをする手前、指先は常に清潔感を保つよう心がけている。時間があればネイルサロンにも足を運ぶ。
 一礼をして部長室を出ようとしたとき、「どうしようもないんだ」と田倉がつぶやいた。振り返るとぎごちない動作で手渡した書類をデスクに広げていた。
 驚くべき告白を聞かされるまで佐伯のことを特に意識したことはなかった。もちろん頻繁に仕事の会話もするし、人柄はよく知っている。よくいえば彼ほどよい性格の人はいない、悪くいえば人畜無害でつまらない男、と女子社員の噂を耳にしたことがある。もっとも沙也加の意見も似たり寄ったりではあるが。
 フロアを抜け、デスクに座り真剣な表情でパソコンを操作している佐伯義雄に視線を向けた。沙也加の心境は複雑だった。自分の妻がこともあろうに自分の上司に頻繁に食事に誘われているのだ。後ろめたい妻が夫に話すはずがないだろうし、現在の佐伯を見てもそれに気付いているとは思えない。
 家庭の主婦が――ごく普通の、と思われる――何度も外で夕食を済ませてくるわけである。聞くところによると年頃の一人娘もいるようだ。いったいどうつくろっているのだろうか。専業主婦らしいのでカルチャークラブ、または友人と合う、ぐらいしかカモフラージュとして思いつかない。他人事ながら心配であった。
 誘われて会うということは奥さんも満更でもない、ということになる。背が高くハンサムな田倉に好印象を持っているであろうことは想像に難くない。好意以上の感情を抱いていることも考えられる。そして田倉は奥さんに傾倒している。のめり込んでいると言ってもいい。お互い大人だ。大人ゆえのっぴきならぬ関係に陥る可能性をはらんでいる。しかし今の沙也加にできることは何もない。事は深刻かもしれない。デスクの電話が鳴り、慌てて受話器をつかむ小柄な佐伯の背中がより小さく見えた。


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