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アイツがあたしにくれた夏
【コメディ 恋愛小説】

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手放してしまったもの-10

目の前がグニャリと歪んで、膝から崩れ落ちそうなくらい力が抜けていく。


今までの呼び方に戻った。あたしもけじめや区切りの意味も込めて同じことをしていたはずなのに、駿河があたしを「小夜」と呼んでくれなくなった、それだけで全身の血の気が引いて行った。


それでも駿河は、あたしの方を見ることもなく、ただただ天井をボーッと見つめるだけ。


あたしに優しかった駿河じゃない、無表情の駿河は、独り言を呟くかのように小さく口を開いた。


「つっても、今まで通りってのはできそうにねえや。仕事絡みの会話くらいならまあ、なんとか……って感じだけど、それ以外はちょっと無理だわ」


「…………」


駿河の言葉に、いかにあたしが自分勝手なことを言っていたかを改めて痛感させられる。


里穂ちゃんに裏切ったことを隠して、駿河とも今まで通り仲良くしたいだなんて、ハナッから無理な話だったんだ。


「でも、そうなると気まずいよなー。周りにも変に気を遣わせちゃうだろうし……。だから俺さ、店長に今後のシフトについて相談してみるよ。お前と被らないようにするか、いっそオープンにしてもらうか分かんねえけど、とにかく頼んでみるわ」


「え!?」


「だから、それまでは俺とシフトが一緒でイヤかもしれないけど我慢してな」


感情のないロボットのように、淡々と喋る駿河の姿が涙でぼやけてよく見えなかった。


シフトをずらされたり、開店業務の方にまわったりしたら、もうあたしと駿河にはなんの繋がりもなくなっちゃう。


さっきまであたしと過ごしていた彼の優しい笑顔、楽しそうに笑う白い歯、愛おしそうにあたしを見つめてくれた細めた瞳。


その全てがセピア色に褪せていく。


自分で選んだ答えとは言え、手放してしまったものの大きさを目の当たりにしたあたしは、心臓がキリキリ痛みっぱなしだった。


相変わらずガクガク震える足に、過呼吸のように荒くなる息、こめかみを伝う冷や汗。


きっとさっきまでの駿河なら、形振り構わずにあたしを助けてくれていただろう。


でも、ベッドで仰向けのまんま動かない彼は、心を持たない人形のように顔色一つ変えていなかった。


駿河の優しさに胡坐をかいていたあたしの罰だ。


ただ静かに涙を溢すあたしを見ないまま、彼はそっと口を開く。




「つーわけだから、もう帰って。俺、一人になりてえから」




昨夜のバイトで、酔っ払いにキレた駿河が出した声よりも、遥かに冷たい声で、あたしにそう吐き捨てた。







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