は乃花-3
私は洗面台を前にして、すっぴんの顔にファンデーションを塗った。
さらにアイラインと眉毛に色を施し、唇のおもてを口紅でなぞって、頬にはチークをのせていく。
メイクには自信がある。
これから治療がはじまるというのに、なぜ私がこんな真似をしているのかというと、これが彼らの要望なのだそうだ。
この手のフェチはまったく理解できない。
「治療室の準備ができたら呼びに来ますので、それまでにメイクを済ませておいてください」
看護師の佐倉麻衣がそう言っていたのだ。
美的官能を味わいたいという彼らの願望を満たすために、私はこうして化粧をしている。
ティッシュも白、コットンも白、検診衣も真っ白ときてる。
「あなた色に染めてください」と言わんばかりの、間に合わせのウェディングドレスのよう。
「小村奈保子さん、準備が整いましたので、こちらへどうぞ」
佐倉麻衣に案内されて、ナースステーションで申請を済ませると、ひたすら長い廊下をひそひそと歩いた。
途中、回診の医師やスタッフ、若い女の子からお腹の大きな女性まで、すれ違う人はみんな信頼の眼差しで佐倉麻衣と笑顔を交わす。
「ここが小村さん専用の治療室です」
「私、専用……」
着いた場所には冷たい扉が立ちはだかり、もうあとには引けないという私の心情を笑っているように見えた。
彼女はけっして私を強引に治療室へ押し込もうとはせず、私の意思で扉を開けるのをじっと待っていた。
右手で扉を開ける。
止まっていた空気の流れが顔面に押し寄せて、私は何度か瞬きをした。
奥に扉がもう一つ。
最初の扉はすでにオートロックがかかり、つくられた密室へと足を踏み入れる私。
まず目に入ったのが、たくさんの照明。
そしてその下で待機しているのは、まさしく分娩台そのものだった。
特徴的なデザインは女性の自由を奪う造りになっていて、見た瞬間、体のどこかで生理の変化がはじまった。
風邪の初期症状にも似た熱っぽさが、淫らな病巣を疼かせていたのだ。
男女数名のスタッフと医師と看護師、インターンの医学生の面々を見るかぎり、夕べの顔ぶれと変わりなさそうだった。