ムカシムカシ-10
『……リュディ……』
体力の限界がきてパルはズズンと床に倒れ込みました。
目の前に流れる血液を見ながら、パルの頭に疑問が浮かびます。
牢の内側は時間の流れが止まっている筈なのです。
だから何十年も何も食べずに生きてこれたし、年も取りませんでした。
時を止めている筈のパルの身体は、受ける筈の無い傷を負い、流す筈の無い血を流しています。
(どういう事?)
考えられる事はひとつです。
(結界が弱まってるんだ)
何十年も前に張られた結界は、老朽化により綻びが出来ていたのです。
パルは気力を振り絞って身体を起こしました。
体内を巡る魔力に意識を向けると、今まで反応が無かった魔力が思い通りに動いてくれます。
パルの黒い身体を赤い陽炎が覆いました。
『オオオォォッ!!』
パルとは思えない獣の咆哮が地下に響きます。
パルは尻尾を大きく振って床に叩きつけました。
ボコりと陥没した石畳を見て、パルは確信します。
(出れるっ!!)
パルはゆっくりと空気を肺に入れていきます。
『ケシャアアァァァッ!!』
魔力を込めて吐き出した空気は、赤い炎となって柵に襲いかかりました。
強烈な熱に耐えきれず、柵が赤く溶けていきます。
ボタボタと垂れる溶鉄の下をくぐり、パルは柵を抜けました。
『リュディ』
何十年ぶりの外でしたが、感慨にふけっている場合ではありません。
パルは不安に押し潰されそうになりながら、長い階段を上がっていきました。
少し時間を遡ります。
リュディがお屋敷で働くようになった時、奥様は何も気にしませんでした。
新しく薬剤師が来たのか……それぐらいにしか思わなかったのですが、年月を重ねるにつれ奥様の心がざわつきました。
サラサラの髪質やメリハリのある体系……何より、ふんわりとしたリュディを包む雰囲気が、ニ番目の奥様に酷似していたのです。
奥様の中に不安が過りました。
もしかしてこの薬剤師はあの時の忌み子では無いのか?
お屋敷に潜り込んで自分に復讐しようとしているのでは無いのか?
不安は恐怖に変わり、奥様はリュディの行動に敏感になりました。
奥様は人を雇ってリュディを調べさせました。