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アイツがあたしにくれた夏
【コメディ 恋愛小説】

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最終電車-5

その時、タイミングよく最終電車がホームに入ってきた。


ふわあっ、と生ぬるい風があたし達の髪を巻き上げつつ、電車がゆっくり停まる。


そして、プシューッと空気の漏れるような音と共に電車のドアが開いた。


ワラワラと降りてくるのは、遊び帰りの若者達。日曜日の夜だか、サラリーマンの姿はほとんどなかった。


「それじゃ、邪魔者は消えるからね。お疲れ〜」


二人を冷やかすような顔を向けてみたら、にこにこしている里穂ちゃんに対して、駿河はムスッとしている。


……ん?


コイツが仏頂面なのはいつものことだけど、今の駿河は明らかに機嫌が悪そうだ。


里穂ちゃんと二人きりになって緊張でもしているのかな。


そう思いながら電車に乗り込んだあたしは、ドアのすぐ横の手すりに掴まりつつ、発車ベルが鳴るのを待った。


すると、また風がふわっと吹いてきた。


「間もなく上り電車が到着致します」と、スピーカーから流れるアナウンス。


里穂ちゃんが利用する上り電車。二人はこれに乗るはずだ。


彼女はスウッと息を吸い込んでから、おもむろに駿河のシャツの裾をクイッとつまみ、


「駿河さん、電車が来たみたいだしあたし達も行きましょ? うちの近所に揚げ物がすっごく美味しい居酒屋があるんですよ」


と、上目遣いで駿河を促した。


うう、可愛い。


彼女の完璧な仕草や表情には、同性ながらもついつい見惚れてしまう。


駿河を見れば、少し顔を赤くして下唇なんか噛んでいる。


……こりゃ、堕ちるのも時間の問題だな。


なぜか起こる胸の痛みに気付かない振りをしながら、二人の様子を見守っていた、その刹那。


一向に喋らず動かずだった駿河が、突然里穂ちゃんに向かって頭を深々と下げた。


「松本、ゴメン。やっぱり俺も疲れてるし、人数少ないからパスしとく。今度は、みんな誘って打ち上げしよう」


駿河がそう言った途端、あたしが乗ってる電車の発車ベルが脳天気に鳴り始めた。


「駿河さん!」


里穂ちゃんの呼び止める声も、ざわつくホームに空しく消えていく。


駿河がピョンと電車に乗り込んであたしの横に立った瞬間、胸の痛みはドキドキに変わっていた。




――電車に乗ってしまった駿河を見る里穂ちゃんは今にも泣き出しそうだったってのに。






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