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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第7話-2

英里も同じく、通話が途切れた後も電話を持ったまま、ぼんやりと圭輔の声を思い返していた。
家に戻った後、母からは軽蔑の眼差しを注がれたが、動じなかった。
…それ以上に、彼の言葉が、耳から離れない。
今まで自分の意思を殺してばかりだったが、彼のことに関してだけは引く気は更々なかった。
彼をよく知りもしないくせに。彼は、決して貶められるような人間ではないのに。
自分は、恥じることなんて何もしていない。
初めて好きになった異性が、先生だった、ただそれだけ。
存在理由が見出せなかった自分を、初めて受け容れてくれたひと。
教師だなんて関係ないのに。ただ、彼を愛しているだけなのに、理解してくれない。
どうしてそんなに母親は、彼を、自分を…否定するのだろう。
頭ごなしに否定してばかりで、認めてくれたことなんて一度も無い。
部屋に引きこもっていたら、無性に彼の声が聞きたくなった。
母親の詰る言葉をただ無言で耐え、気疲れしていた彼女に、愛しい人の声は優しく響き、胸が甘く疼いた。
だが、突然の圭輔からの告白に対して、どんな返事をすればいいのだろうか。思わず、その場から逃げ出してしまった。
彼を愛しているという想いは今や揺るぎ無いものとなっているが、自分自身が生涯のパートナーと成り得るかどうか考えると…。
共に支え合う立場となるのに、結局未熟で何もできない自分は、彼に依存するだけの存在になってしまうのでは、という悲観的な思いがどうしても拭い去れない。
そして、不和の両親の元で育った歪んだ自分に、まともな家庭が築けるのか。
それに、彼との結婚を両親は絶対に許してはくれないだろう。
全てを捨てて、彼だけを選ぶ覚悟が果たして自分にあるのか。
望まれない結婚をするなんて、彼は辛くないのだろうか?
(…それでも、私を選んでくれる?)
考え出すと、様々な不安が彼女の胸を過り、張り裂けそうになるのだった。
気を紛らわすかのように、英里はそっと窓の外を眺めた。
電灯を点けていない、真っ暗な自室で佇む憂いを帯びた英里の横顔を、仄明るい月の光が青白く照らす。
誇りも迷いも不安も自分自身への不信感さえも…全てをかなぐり捨てて、彼の元へと飛び込めればいいのに。
何もない、この身一つの自分でも、彼は受け容れてくれるだろうか。
重い溜息をひとつ零し、英里は目を瞑って圭輔のことを想った。



―――9月とはいえ、まだまだ日中の気温は高く、自然にじわりと汗が滲む。
圭輔は、ネクタイを少し緩めて、溜息を吐いた。
あれから数日後。
英里との連絡は途絶えがちだった。
返答を躊躇っているのは想像に難くないので、催促はしないが、本音を言えばやはり早く彼女の答えを知りたかった。
(今日もあっちぃなぁ…)
うんざりと、圭輔は日差しの強いくすんだ空を見上げると、
「圭輔!」
突然、彼の名を呼ぶ声が聞こえた。この声は、彼にはよく聞き覚えのある女性の声。
「……絢子」
圭輔は、意外さと親しみを併存させた声音で、振り返った先の彼女の名を呼んだ。
「久しぶり!この前みんなで会って以来ね。元気してた?」
小顔の彼女によく似合ったショートカットの、すっきりとスーツを着たその女性は、弾けるような笑顔で声を掛けた。
「ああ。そっちは?」
「まぁ、それなりに。せっかく会えたんだし、今度飲みにでも行かない?今はそんなに忙しくないから」
「そうだな。他のヤツも誘う?」
「そうね、また大学時代の仲間で集まる?私、連絡しとくわよ」
そう言って微笑んだ彼女の表情は、大輪の花が咲いたかのように、活き活きとして美しかった。


久しぶりに集まった大学時代の友人との飲み会は、和気藹々とした雰囲気のままお開きとなった。
すっかりできあがった友人数人がもう一件ハシゴしようと話し出すと、
「絢子はどうするの?」
女友達の一人が彼女に尋ねると、彼女はそっと圭輔の方を見つめた。
大学時代のように羽目を外さない彼に、男友達がちょっかいを出していたが、彼の意識はどうも他に向いているようだった。
「ごめん、あたしは遠慮しとくわ」
「そう?圭輔も行かないって。二人とも怪し〜い」
酔った友人が意味ありげな視線で見つめるが、
「何言ってるのよ、何もないわ。もう一件行くのはいいけど、お酒は程ほどにしなさいよね」
「わかってるわよぅ、もう子どもじゃないんだから。じゃあ、絢子、圭輔、またね」
明るく別れの挨拶を告げて、友人達が去ると、その場には二人だけが残された。
「絢子、途中まで一緒に帰るか?」
当たり前のようにそう言う彼に、野暮ったさを感じながら、
「ねえ、これから2人で飲み直さない?圭輔とゆっくり話したいし」
圭輔が考え込む素振りを与えず、絢子は彼の腕を取った。
「おい…」
「まだ時間も早いし、いいでしょう?少しだけでいいから。お願い」
「……わかったよ」
こうなると、彼女はなかなか引かない。知り合った当初から、そうだった。
諦めて、圭輔は承諾した。


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