「説得」-3
でも今、目の前にいるこの男は・・。身体だけでなく、心までもこの男に惹かれている自分を弘子は感じずにはいられなかった。
「なあ、弘子。少し話してもいいか？答えたくないことは黙っていればいい」
「はい。何でも聞いてください」
弘子は所々躊躇しながらも男の質問に対して全て答えていた。今日は同窓会があり、たまたまこのホテルに泊まっていたこと。自宅のおおよその住所や家族構成。夫が自分よりも7つ上の39歳で、今は海外赴任中であること。娘が生まれてからはセックスレスになっていたこと。男性経験は夫1人であること。さらに夫との性生活について、挿入で達したことは無いことや、経験した体位など、事細かに質問された。
一方、弘子も男に幾つか質問をした。男は現在29歳のサラリーマンで既婚。25歳の奥さんと幼稚園の子供が1人、さらに男の両親の計5人でこの近くの実家に暮らしているらしい。男は結婚5年目であるが、すでに奥さんとのセックスには飽きており、これまで何度か浮気の経験があるとのこと。さらに弘子が驚いたのは、奥さんの方にも浮気相手がおり、家庭に大きな支障が出ないのであれば、お互いに浮気は許していることを聞かされた。既婚者だからといって死ぬまで1人のパートナーに縛られるよりも、既婚者でも恋愛をして、1度きりの人生をなるべく多く楽しんだほうがいいだろ、と男に力説された。
「今日は自宅に帰らなくて、奥さんや子供さんが心配してませんか？」
「大丈夫だよ。今日は深夜になるってメールしておいたからな。弘子は明日すぐに帰るのか？」
「明日は10時にここをチェックアウトしますけど、お昼ぐらいまででしたら・・」
しばらく考えていた男は、真剣な顔で弘子に話し始めた。
「なあ、弘子・・。お前、旦那とはこれからもずっとセックスレスなんだろ？ だったらこれからも俺と付き合わないか？」
「えっ！？」
「俺、基本は土日が休みだけど、たまにだったら平日でも休めるぜ。車で高速使えば、ここから弘子の家まで2時間ぐらいだろ。だからこれからも会ってくれよ。頼む。お前に迷惑はかけないって約束するからさ」
「でっ、でも、そんな・・」
「俺にも一応家庭があるし、安全日以外は必ず避妊するからよ。それに弘子の都合が悪いときには絶対に行かねぇからさ。弘子の旦那にバレることは絶対ねぇって。なっ？頼むよ」
男が必死に説得してくる。しかし弘子の性格上、そんなことが出来るはずが無かった。いくら夫が海外赴任でありセックスレスだからといって、浮気をしてしまえば夫を裏切ることに違いは無い。夫は自分たちを養うために海外にまで行って働いている。それに浮気を続けていれば、いつか妊娠する恐怖だってある。
「ご、ごめんなさい・・。私には出来ません・・。どうか、どうか今日限りにしてください・・」
男はしばらく黙って考えていた。やはり説得はさっきの風呂場でのように、セックスの最中にすべきであり、弘子にはこの場でこれ以上説得しても無駄であろうと感じていた。
しかし一方、弘子の反応が嬉しくもあった。他の男と気軽に遊ぶような人妻であれば、病気などの心配がつきまとう。男はどうしてもこの人妻を自分のものにすると心に決めた。
「分かったよ・・。その代わり、明日の昼までは俺に付き合えよな。朝10時に俺が車でここに迎えに来てやるからよ。それでいいよな？」
有無を言わせぬ男の台詞に、弘子はしぶしぶ頷いていた。
「よし。じゃあ、俺はいったん帰るぜ。明日10時ちょうどにホテルの前にいろよ」
「は、はい」
男はベッドから起ち上がると身なりを整えた。男のあっさりした様子が弘子には少し意外であった。もっと明け方まで、それこそ徹夜してでも男が求めてくると思っていたからである。
すでに服を着た男は全裸の弘子をベッドに残し、部屋の入り口のほうへ向かって行った。その時、床に落ちていた弘子のバッグを拾い上げ、中にあった財布を取り出した。
「弘子。一応、これだけは預かっとくぜ。もし明日ホテル前にいなかったら、この免許証にある自宅に押しかけるからな」
男は弘子の財布から運転免許証を取り出し、自分のポケットに入れた。免許証には自宅の詳細な住所が記載されている。
「そっ、そんな！待ってください！」
「明日会ったらすぐに返してやるからよ。じゃあな」
そう言うと男は部屋から出て行った。1人残された弘子は呆然としている。時計の針はすでに深夜の2時を回っていた・・。