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a village
【二次創作 その他小説】

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I-3

 学校を終えた雛子は、その足で村役場近くの購買所へと向かっていた。
 購買所には週に二回、様々な生活用品を積んだトラックがやって来る。農村故に野菜等は僅かだが、鮮魚や卵、牛乳、乾物等の食料品に、石鹸やマッチ、剃刀等の雑貨を求めて村人が集まって来るのだ。
 就任したての頃は、週に一回の間隔で食べ物を購入していたが、六月を迎えて痛み易くなった為、週ニ回に増やさねばならなくなったのだ。

「母親って、偉いわ……」

 毎日、一日の献立を考えては必要な食材を買い揃え、家族の為に料理を行う。

「多分、冷蔵庫の氷も、お母さんが買ってたのよね……」

 未だ物不足に陥る前。実家には冷蔵庫があって、上の棚には一貫目程の氷が乗っていた。
 氷がもたらす冷気の心地よさに、扉を開けて涼んでいたのを母親に見つかって、酷く叱られたのも一度や二度ではない。

(よく考えれば、叱られて当然よね)

 人間と言うのは同じ目に遇わないと、相手の大変さを実感しない者だ。
 雛子はやっと、母親である鶴子の偉大さの一部を知り、今の自分では到底辿り着けないと理解した。

「あれ?雛子先生」

 購買所に入って直ぐ、出会したのは林田純一郎だった。

「どうも……」

 雛子は表情を強張らせる──過去の実績がそうさせた。

「買い物ですか?」
「え、ええ……」

 ぎこちない受け答えを、林田は気にしない。

「そうですか。僕も、いりこと胡麻を買いに来たんです」
「いりこと胡麻……ですか?」
「暑いんで、素麺でもと思ってね」

 雛子の家は、三朗も光太郎も家事一切に関わる事は無い。だから、大の男が料理をやる事が信じられなかった。

「いりこと胡麻で、素麺汁を作るんですか?」
「ええ、炒ったいりこと胡麻を擂り鉢で擂って、お湯で溶いて醤油で味を整えてやり、冷やせば出来上がり。簡単でしょ」

 確かに、鰹節や昆布を使うより簡単で美味しそうだ。

「──これね、私の友人だった人に教わった郷土料理なんです」
「へえ、郷土料理」
「ええ。農作業の合間に食べるらしくて。だから、簡単で栄養価の有るいりこと胡麻だそうです」
「その友人の方、今は?」

 何気に訊いた雛子は、林田が一瞬、苦い顔をしたのを見逃さなかった。

「ちょっと……ありましてね」
「ご、ご免なさい……」

 林田も又、戦争という狂気に巻き込まれた一人なのだ。
 不注意にも、その傷に他人の自分が触れてしまった事に、雛子は悔いた。


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