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「ふたつの祖国」
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前編U-5

「──いくら部署が違うとは言え、生活安全係のやり方は度が過ぎます」
「分かった。係長から頼んでもらい、案件を此方に移そう」

 これで他殺の物証が見つかれば、調場はこっちで立てられる──岡田は一つ安心した。

「いいわ、出して」

 車が現場を離れて行く。進行方向を見据える鶴岡の顔に、哀苦の表情が刻まれた。

「あのじいさん……」

 帰宅を急ぐ車の帯の中で、鶴岡がぽつりと呟いた。

「──俺達に会わなきゃ、生きてましたよね?」

 どの様な過程を辿ったか知らないが、老人は世の中の不要物と貶められても、生きる事を選択した。
 それが、偶然にも刑事が必要する物を見たばかりに、生きる事を絶たれる結果となった。
 そう考えると、慚愧に耐えない。

「私も迂闊だったわ……」

 鶴岡の心中は察するに余り有る。岡田自身もそう感じずにいられなかった。

「──犯人が、これ程積極的に隠蔽工作を図って来ようとは想定して無かったわ。今後は、その辺りも考慮して行動する必要が有るわね」
「分かりますが、具体的にはどうするんです?」
「署での保護しか無いでしょうね」
「一般人はそうでしょうが、組織の人間なんかは……」

 一理ある意見だ。一般人なら警察の保護は当然だが、組織の人間にとって保護されると言う事は、組織から抜ける事を意味する。元々、やくざな気性な奴等が、そう簡単に組織を抜けるのだろうかと言う、疑問が涌いたのだ。
 すると岡田は「彼等だって人間だもの命は惜しいはずよ」と、至極、尤もらしい言葉で締めくくった。

 ──情報提供者には、細心の注意を払う。

 佐野真二の想いを、身を持って知った鶴岡だった。



 鶴岡と岡田が署に戻ると、おなしな事態が起きていた。
 未だ遺体発見から数時間しか経っていないのに、遺体が無いと言うのである。

「それが……」

 係長の高橋が言うには、島崎の要請通り、彼は案件の引き渡しを生活安全係に掛け合った。

 すると、

「──遺体は既に、家族に引き渡されたと言うんだ」

 通常、身元不明遺体は、一旦警察署の安置所に移された後、警察庁データベースに保管される行方不明者情報と照合されて、該当者があった場合は届け出人の元に引き渡される。
 若し、該当者が無い場合は、無縁仏として葬られる事になるのだが、何れにしても、数時間で見つかると言うのは極めて異例である。

「──遺体の名は野村年男、年齢六十三歳。届け出人は林原良子、三十一歳。旧姓が野村で年男とは親子関係にあたる」
「届け出がなされたのは何時ですか?」
「えー、ちょうど一週間前だ」
「そんな馬鹿な!」

 鶴岡は呆れた様に言い放つ。野村は、現金収入を得る為に空き缶拾いに従事していたばかりでなく、自分の縄張りも確保していた。
 これ一つ取っても、彼が昨日今日、浮浪者になったのでは無いと分かる。おそらく、何年も前の事だろう。
 なのに、娘が家出人捜索願いを届け出たのは、たった一週間前だと言う。有り得ない話だ。


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