この夏こそは-2
「キーッ! 何なの! 何なのアイツ!!」
思いっきり歯を剥いて、首の辺りをガリガリ掻き毟って怒りを堪えているあたしを、ドリンク担当の絹子(きぬこ)がどうどうと宥めてきた。
「小夜(さよ)、落ち着きなよ。確かに仕事中に妄想モードに入るあんたが悪いんだから」
絹子はあたしの隣にまわると、ウォッシャーで洗いあがったトレイをピンクダスターで拭き始めた。
「だって、お客さんも来ないし、暇だし、これくらいいいじゃん! どうせもう少しすればレジ締めするんだから仮締めなんてしなくたって」
平日の夜のカフェは駅前と言えど割と空いている。
サンドイッチやデニッシュ、ケーキなんかを扱うお店は、仕事帰りで疲れた身体には何の腹の足しにもならないからなのか。
「ほらほら、文句ばっかり言ってるとまた責任者に文句つけられちゃうよ」
絹子はそう言って責任者の――駿河の後ろ姿をチラリと見た。
「むー……」
仕方なしにあたしもレジの下の引き出しを開けて、コインカウンターを取り出すと、硬貨を次々に詰め始めた。
だって、夏だよ、誰もが浮足立つ季節だよ!
そう言いたいのを我慢しながら、あたしはチラリと窓際に座る一組のカップルに目をやった。
おへそが見えるくらいの短いTシャツに、ホットパンツのギャルと、夜なのにサングラスをかけた、少し怖そうなオラオラ系の彼。
それだけじゃない、よく見るとあっちにカップル、こっちにカップル。
会社帰りらしきスーツの男性と、その同僚らしきOLさんのカップル。
部活帰りなのか、ジャージ姿の男の子と制服姿の女の子の、高校生カップル。
そのどれもがみんなイチャイチャ、ベタベタしていてそれはそれは幸せそう。
人目もはばからずにいちゃつくその姿を目の当たりにさせられると、あたしはなにか火をつけられたように闘志のようなものがメラメラ燃えたぎったような気になる。
そう、今年こそ、彼氏が欲しい!!
あたしが内なる闘志を密かに燃やしながら、胸の前で小さくファイティングポーズを取っていると、フロアの拭き上げをしていた駿河に思いっきり冷めた目で睨まれた。