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『由美、翔ける』
【スポーツ 官能小説】

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『由美、翔ける』-41



「あともう少し! 踏ん張っていくよ!」
「「「ハイ!!」」」
 キャプテンマークをつけた、八日市由美の発破に、日本を代表して選ばれたチームメートたちは、見事に相和した声で応えていた。戦前の予想を覆し、オリンピックの決勝戦まで勝ちあがってきたこのチームの団結力の強さを、よく表している光景である。
「伊知子、待たせたわね。貴女の力が、必要なときが来たわ」
「あ、ハイ!」
 フルセットまで縺れ込んだ、アメリカチームとの最終決戦。ベンチ前の円陣が解けたあと、脚に故障を抱えていたため、決勝トーナメントではまったく出番を許されなかった、エースアタッカー・榊原伊知子の投入を、由美はコーチ陣に願い出ていた。
「足はどう?」
「十分休養しましたから、今は何ともありません!」
「頼りにしてるわよ」
「ハイ!」
 伊知子が脚に故障を抱えていることは、決勝トーナメントに入るまで誰もわからなかったことだったし、本人も隠していたことだった。
 だが、チームのセッターそしてキャプテンを務める由美は、伊知子の微細なジャンプの乱れを、看破していた。
『伊知子、貴女、足を痛めているわね』
 苦戦を繰り返しながら、それでもメダルに手の届くところまで来た日本代表。決勝トーナメントの初戦を控えたミーティングの席で、伊知子を前に由美はそう告げた。
『か、かるい捻挫です。だから、大丈夫です!』
 エースとしての責任感からか、伊知子は大丈夫である事を強調した。
 しかし、由美は、それを許さなかった。
『貴女は、試合には出さない』
『そ、そんなっ!』
 由美に対して、絶対の信頼感を持っているコーチ陣は、伊知子の足の具合をすぐにチームドクターに確認させ、思ったよりも重症である事がわかると、伊知子をベンチメンバーから外す徹底振りで、この決勝までコートに立たせようとしなかった。
『でも、貴女の力は、絶対に必要になるときが来る。そのときまで、足の状態を良くする事だけ、貴女には考えて欲しい』
 その決断をかつて出来なかった由美。だが、一児の母になったことで、選手としても女性としても、心身ともに、自信と気迫に満ち溢れている今は、周囲の状況に乱されない、自分の判断を、心から信じることが出来た。
 足を痛めたエースを、勝利のために、チームから外す。
 その決断が、チームの団結力を強め、“伊知子をもう一度、コートに立たせる!”という目標のもと、女子バレーボール日本代表チームは、エース不在にも関わらず、粘り強い戦いを繰り返し、決勝まで勝ち進んできた。
 そして、アメリカ・チームとのオリンピック決勝戦の、最終セットに入り、満を持して、エースの榊原伊知子がコートに立った。
 チームの士気が、一気に高まったのは、言うまでもない。そしてそれは、東京オリンピック以来の金メダルをかけた試合であるという重圧を、彼女たちに忘れさせることが出来た。
「伊知子!」
「ハイッ!」
 “イナズマ・セッター”の異名のごとく、切れのあるジャンピング・トスを受け、伊知子の強烈なバックアタックが次々と、アメリカ・チームのコートに突き刺さる。
「クイック!」
「ハイッ!」
「ブロード!」
「いよっしゃあっ!」
 伊知子のバックアタックにつられて、ブロックの意識が彼女に張り付いていたのを瞬時に悟るや、日本が得意とする移動式速攻に切り替えて、カミソリのような切れ味のあるトスを、矢継ぎ早に繰り出し、アメリカ・チームを完全に翻弄した。
 後衛の、身を呈したレシーブによって、アメリカ・チームの猛襲を凌ぎ、掴んだチャンスは、エースの伊知子を中心とした、スピード感溢れる攻撃によって、確実にポイントにしていく。かつて“東洋の魔女”と恐れられた、日本女子バレーボール・チームの、“再来”というべき姿であった。
 最終セットは、4点差をつけて日本チームがマッチポイントを迎え、オリンピック実況中継のアナウンサーに、久々となる“金メダルポイント”という言葉を連呼させた。スタンドだけでなく、日本中が今、“ニッポン・コール”に沸きあがっていた。
 スタンドで観戦している、由美の夫と4歳の娘も、そのコールを由美に向かって叫んでいた。
「!」
 相手のアタックが、ブロックにかかり、それは勢いを失って、後衛のレシーブによって拾われ、由美の真上に浮き上がった。チャンスボールである。
「!!」
 夫と二人三脚で鍛えてきた、由美の切れ味鋭いジャンピング・トス。
 伊知子のもっとも得意とする高さで挙げられたそのトスは、それが始めから予定されていたかのように、とても美しい軌跡を描いて、伊知子によって弾き出され、そのままアメリカ・チームのコートに突き刺さった。
 大歓声が、会場中を、日本中を、覆い尽くした。金メダルを決める、最後のポイントを決めたエースに誰もが駆け寄って、涙と笑顔で彼女をもみくちゃにしていた。
「………」
 由美は、その輪を遠目に見つめながら、ふと、スタンドに目をやった。
(あ……)
 探すことなく、引き寄せられるように目があった。
 由美の見つめる先で、まるで我が事のように全身で喜びをはじけさせながら、夫と娘が盛んに自分の名前を呼び、手を振り続けていた。




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