『由美、翔ける』-37
「よっくん……」
由美は、耳に聞きつけている“エッチな声”と、ふつふつと沸いてくる悶えるような羞恥に、その顔が紅蓮のようになっていた。向こうの声が聞こえるということは、はっきりしている事実があるからだ。
「きこえるんじゃないのぉっ……！」
普段の生活音は聞こえなくとも、こうまではっきりと“情事の声”が聞こえるのであれば、話は変わってくる。
「ふ、ふしぎですね、“アノ声”って、ほんと、ふしぎです」
「うううぅうぅぅぅぅ……！」
『ンあっ、ああっ、ま、またっ、しぬっ、しぬっ、しんでまうぅうぅうぅぅっっ！！』
“お隣の情事”は、声を聞くだけでも、大変にすごいことになっている。そして、この部屋で八日市と、膣でも口でも尻でも、“大変にすごいエッチなこと”をした由美の声は、間違いなく、隣人の聞かれるところになっているだろう。
「よっくんの、バカぁ……！」
“多分、大丈夫”では、なかったということだ。羞恥に顔を茹で上がらせて、もうどうしようもないというのに、由美は両手でそれを覆っていた。
「は、はは、面目ない次第で……」
隣人の岡崎から、“君たち少し遠慮しなさい”という類の苦情は一切、来たことはなかったので、八日市も、聞こえていないものだと早合点していたらしい。
「岡崎さん、カノジョがいたんですねぇ」
別の話になるので恐縮だが、“いた”のではなく、今まさに“ヨリを戻した”のが、お隣の激しい情事の背景にはあった。
『まーちゃん、しぬっ、しぬっ、ウチ、しぬぅぅううぅぅぅっ！』
『きよこっ……きよこぉおおぉぉぉっっ……！』
「ほ、ほんとに、すごいですね〜」
「………」
由美がこの部屋に来てからでも、数度に渡って“絶頂の声”が響いてきた。それぐらいに、熱く激しく淫らな交わりが、隣では繰り広げられているということだろう。
やがて、その“エッチな声”は、それまでの激しさが嘘のように、聞こえてこなくなった。
「お、終わったみたいですねぇ」
「………」
顔を赤くして仁王立ちする由美に、壁に滑稽な格好で寄りかかっている八日市。傍から見れば、いったいどういう状況か、図りかねる状態になっていた。
「えっと、あの、ユミ、さん……？」
微動だにしない由美に、八日市は、最後の審判を待つ受刑者の気分を抱く。
はぁ、はぁ、はぁ……
と、由美の呼吸があらぶっていることに、彼はまだ気がついていない。
「よっくん……」
「！？」
由美はやにわ、スカートの裾をまくり、少しばかり脚を広くした格好をすると、ピンク色のショーツを八日市の眼前に、股間の部分が良く見えるように晒して見せた。
「あ、ユミ、さん、濡れて……」
滲むように、色が変わっているその部分。由美が、“お隣の情事”を耳にして、性的に興奮した証がそこにあった。
「わたし、パンツを、汚しちゃったの……」
「みたい、ですね……シミになってる……」
いつの間にか、座っている八日市の鼻先に、由美は股間を摺り寄せている。
「見る？ パンツの、中……」
「はい……みたい、です……」
むわ、と、汚したパンツから匂い立つ女の香りによって、八日市を篭絡した由美であった。