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It's
【ラブコメ 官能小説】

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☆☆☆☆-6

この2日間、陽向はずっと眠っている。
湊は今日も大学病院のICUに足を運んだ。
大量の点滴と酸素マスクをつけてずっと目を閉じている。
「陽向…。俺の声聞こえる?」
小さな手に触れる。
温かい。
涙が零れ落ちる。
目ぇ開けろよ…。

実習最終日、陽向はここの大学病院に運ばれた。
喘息の発作が悪化したのが原因だ。
運ばれた時には意識不明だったらしい。
最初は軽い発作だったと実習先の指導者が医者に伝えていた。

「吸入はしなかったんですか?」
「吸入…ですか?」
「この子の場合、吸入器は持ってるはずですが…」
「…すみません、そのような事はお伺いしてませんでした」
呼吸器内科の奥田重徳は「そうですか」と呟いた後、パソコン画面を見つめた。
西野は「佐山さん、知ってる?」と優菜に目を向けた。
「えっ…?」
優菜はパイプ椅子に座り、俯いた。
「…知りません」
「そう…」
重苦しい空気の中、奥田が口を開いた。
「しばらくは点滴と酸素で様子を見ます。それと、検査もさせていただきます。ここまで重症化するには原因が不明すぎるのでね…。親御さんには、ご連絡は?」
「先程しました。ただ、実家が福島なので多少時間がかかるかと…」
「分かりました」
西野と優菜は黙って面談室から出た後、陽向の元へと向かった。
モニターの音が、響き渡る。
優菜は目を閉じて涙を零した。

「西野さん…」
駐車場に向かう途中、優菜は恐る恐る口を開いた。
「どうしたの?」
「あたしが…」
優菜は嗚咽を発しながらバッグから陽向の吸入器を取り出した。
「えっ…これ…」
「あたしが…やりました…」
優菜はその場で崩れ落ちると、泣きながらバッグの中身を地面にばら撒いて薬の袋を西野に渡した。
西野は何も言わずにその袋を受け取ると、「佐山さんも来なさい」と言って再び病院に戻った。

様々な検査を経て、陽向の身体からβ遮断薬という種類の薬の成分が見つかった。
β遮断薬は喘息持ちには禁忌であり、それのせいで発作が悪化したと考えられた。
そして、優菜が持っていた薬もβ遮断薬だった。
あの時、陽向が飲んだお茶に混入させていたのだ。
翌日、警察が入り、優菜は事情聴取のため警察署に連行された。
陽向の両親に泣いて謝りながら。

「陽向?陽向?」
陽向のお母さんが陽向に呼び掛け、泣き崩れる。
お父さんは黙って陽向の髪を撫でていた。
湊は見ていられなくて、一旦ICUから出た。
家族待合室のソファーに腰掛ける。
何も考えられない。
何も考えたくない。
俺は陽向を守ってやれなかった。
もしかしたら、死んでしまうかもしれない。
いつまでたっても目を開かない。
動いているのは、心臓だけだ。
いつになったら起きるんだろう。
湊は目を閉じて両手で顔を覆った。
「あの…」
女性の声が自分に話しかけている。
顔を上げると、そこには陽向のお母さんとお父さんが立っていた。
「…五十嵐湊です」
湊は立ち上がって軽く会釈すると、陽向のお母さんはニッコリ笑って「陽向からお話は聞いてるよ」と優しく言った。
笑った顔が陽向にそっくりだ。
涙が出そうになる。
「よく、メールとか電話とかくれるの。陽向は小さい頃から甘えん坊でね、上京する時も自分で決めたくせに泣いてたのよ」
「そーなんですか…」
「でも今は湊くんがいるから平気ね。陽向も寂しくないでしょ、きっと」
陽向は小さい頃から喘息持ちで、しょっちゅう発作を起こしていた。
深夜の救急外来では常連だったらしい。
でも、吸入をして休んだらケロッとして朝には元気に学校へ行く。
ひとりっ子の子供が喘息持ちで、両親は過保護に育ててしまったと思っていたが、誰に似たのかたくましく育って安心しているそうだ。
いじめられている子がいれば立ち向かい、誰にでも優しくて中にはそんな陽向の悪口を言う人もいた。
それでも彼女はその人たちにも分け隔てなく明るく接していた。
そんな性格だからこそ、陽向を好きになる人もいれば、嫉妬する人もいたのだ。
そして陽向はとても家族思いで、両親の誕生日や記念日などの祝い事には必ずプレゼントを贈っているらしい。
何も考えてなさそうで、本当はいつも誰かを思って毎日を過ごしていたんだ。
無意識に、周りを明るくさせていたんだ。
きっと、自分に迷惑をかけないようにと、優菜のことも隠していたに違いない。
「陽向は、湊くんのことがすごく好きなんだね」
「え…?」
「いつも電話で湊くんの話してるよ」
陽向のお父さんは優しく笑って湊を見た。
「たまに写真なんかも送ってくるのよ。今時、家族に彼氏の話したり写真送ったりする子も珍しいわよねぇ」
可笑しそうに言った後、陽向のお母さんは湊に向き直って「これからも陽向のこと、よろしくね。甘えん坊で寂しがりやだから、毎日来てやって」と寂しそうな顔をして言った。


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