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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 1-9

※※


 慌てふためいた伝令が、ロンダーンの奇襲を告げるべく天幕に飛び込んできたのは、副官らと地形図を囲んで、この後の方策を考えているときのことだった。

「襲撃……? あちらから?」

 エイは眉をひそめて副官と顔を見合わせた。相手も困惑した表情だ。
 籠城していればいいものを、どういう意図だろうか。睨み合いに業を煮やすほどの時間は経っていない。シェシウグル王子とは、よほど短気な少年なのかもしれない。

 反射的に掴んだ剣を手に、彼は天幕を出た。

 剣戟と雄叫び。
 戦闘の喧噪が四方から近付きつつあった。砦から打って出てきた一軍と、いつの間にか彼らの背後に回ってきていた別働の部隊に挟まれているのだ。

「エイ様、ご武装を」

「要らない」

 小姓が甲冑を持ち出そうとするのをエイは止めた。のんびり装着している暇はないし、障害の多い森での白兵戦で、身軽さが失われるのは不利益だ。
 それに、彼はもともと兜は着けないことが多かった。そのために灰色の髪がひときわ目立って、特徴として語られるようにもなっていた。
 理由は単純で、視界が狭まるのが嫌なのだ。彼には少し閉所恐怖症の傾向もあった。

 即席の物見櫓に駆け上がり、状況を確認する。

「エイ様、これは、」

 追いついてきた副官に目もくれず、彼は言った。

「陣形を整えてください。このまま囲まれてはまずい」

 言いながら、彼はすぐに背を向けた。

「エイ様? どちらへ」

「西側が手薄です。分断される前に、兵をこちらに誘導する」

 エイは短く応じて、そのまま櫓から飛び降りた。
 背後から呼び止める声がしたが、彼は無視して走った。

 混乱の中にためらいなく飛び込み、何事かわめきながら打ちかかってくるロンダーンの兵士たちを、ほとんど無意識に斬り飛ばしていく。
 その進行を止められる者は例によっておらず、エイは程なくして目的地にたどり着いた。 


 丘の西側を陣どっていたその一隊は、突然の背後からの襲撃に恐慌に陥りながらも、戦慣れしたアールネ兵らしくロンダーンと戦闘を繰り広げていた。

 だが混戦のさなかにいつの間にか取り囲まれ、本隊と分断されつつあることに彼らはまだ気づけていなかった。
 そこへ、血と屍の道を切り開いてエイが乱入した。

 アールネ兵の一人を殴り倒してその喉元を貫こうとしていたロンダーンの兵士の首に、彼は背後から刃を叩きつけた。

「エイ様!」

「本隊と合流するんだ」

 歓声を上げる兵士にそう手短に告げて、彼は次の相手に向かった。
 彼自身が切り開いてきた退路に、兵士たちが駆け込む。
 嵩にかかって追いすがってきたロンダーン兵を、エイは一刀のもとに斬り捨てた。

 二人の兵士がほぼ同時に絶命し、そのままどっと地に崩れ落ちる。

 一合も刃を合わせる間のない早業に、ロンダーン兵はようやく、突如現れた救援者の姿を目にとめた。

「灰色の……!」

 驚愕と恐怖の入り混じった声で、誰かが唸った。

 突然、大柄な兵士が、立ちふさがるようにエイの眼前に飛び込んできた。
 彼は剣を正眼に構えてエイを制しながら、何処かに向けて絶叫した。

「おさがりください、王子! アールネの“怪人”です!」

「王子?」

 エイは眉をひそめた。
 シェシウグル王子が近くにいるのか。安全な砦をわざわざ出てくるとは信じられないが……

 振り下ろされた剣をかわし、やすやすと男の懐に入ってその胸板に刃を突き立てながら、エイは周囲に視線を走らせた。
 しかしそれらしき特別な装いの者は見当たらなかった。警告に応じて後退してしまったのかもしれない。
 そう考えて、視線を正面に戻した瞬間だった。

 鋭い気合いのおめきが、後方から耳を打った。同時に地面を蹴りつける音、刃が鞘を走る耳障りな摩擦音。

 完全に背後の、視界の外からの攻撃を、彼は反射神経だけで剣を引き上げて受け止めた。ガキン、と激しい金属音が響きわたる。
 体重の乗った重い一撃に、膝がわずかに折れた。
 エイは柄を両手で握り直し、力を込めて押し返した。重なった刃を鍔元まで滑らせ、そのまま押し切ろうとしたとき、ふっと圧が消える。相手がとっさに身体ごと剣を引いたのだ。
 エイの剣が浮いたと見て、その兵士はさらに打ちかかってきた。
 エイは今度は軽くそれを受け流した。バランスを崩した兵士の、首を刎ねようと振りかぶると、彼は自ら地面に転がって間合いから逃れた。


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