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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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36 咎人の償い-5

――培養液に浸され、創りあげられていく中で、ときおり周囲の声が聞えていた。
 閉じた視界の闇の中、主ツァイロンの声を最初に覚えた。
 身動き一つとれない薬液の中、その声を聞くのが何より好きだった。

『これだけの知識を詰め込むなんて、蛮族あがりの性玩具に、えらく手をかけるんだな。見た目とあっちの技術がありゃ十分だろ』

 他の主に話しかけられ、ツァイロンが返答をした。

『そういった玩具にうんざりだからこそ、エリアスには手をかけた。自分の欲望に溺れることなく、深い知識と高い知力で主を楽しませるはずだ。きっと傑作になる』

 じわりと、胸の中心が暖かくなるのを感じた。
 培養液から出る日が、まだ見ぬ主にひざまずく日が待ち遠しかった。
 けれど……。

 憎しみを込めてミスカを……ツァイロンの『最高傑作』を睨みつける。

(わたくしだって……ツァイロンさまに、認められたかった!!)

 性感を感じず、ひたすら奉仕するエリアスに、ツァイロンは不快感を露にし、失望した。
 エリアスの快楽など、理論上は必要ないのに、理論で片付けられない何かが足りなかったことに怒り、『失敗作』だと吐き捨てた。
 ただの性玩具にすら劣ると烙印を押された、あの瞬間、全てを諦めて心を殺した。
 何も期待せず、誰かの価値を得るなど自分には無縁だと、視界を薄膜で覆った。
 残酷な海底城で、ひたすら独りで生きていた。
 仲間からも出来損ないと罵られ、悔しくて悲しかったけれど、それもやはり薄膜一枚隔てた感情。
 屍でできた海雪のように、誰の記憶にも残らず消えていくその日まで、せいぜい知恵を振り絞って生き延びようと思ったのに……。

 ミスカに抱き締められ、価値あるもののように扱われるうち、気付いてしまった。

――いまだ自分は未練がましく、誰かの価値を得ることを求めている。そのくせ、それを期待するのを、狂いそうなほど恐れている。

 ずっとずっと、ミスカが羨ましかった。だからあんなに苛立った。
 面とむかって反抗しながら、それでも殺されないほどツァイロンに価値を認められる『最高傑作』が、妬ましくてしかたなかった。
 けれどエリアスがどんなに努力しようと、魔眼をもつミスカには敵わない。
 そしてツァイロンにとって、エリアスはどこまでいっても、ミスカを従順にさせるための餌にすぎないのだ。
――ミスカが生きているかぎり。

(ミスカ……あなたに理解できるはずもない……)

 歪んでしまった錬金術師ヨランの気持ちが、痛いほどわかる。
 この身を抱き締めるミスカは、エリアスが得られなかったものを軽々と得ている。
 価値ないものの絶望など知らないから、あんな残酷なことができるのだ。
 愛しそうに抱き締めてくる腕は、見え透いた罠のくせに、いつだってひどく魅力的で、自分から飛び込みたくなる。
 早く、嫌いだと言って欲しかった。
 お前が嫌いだから弄んでいるだけだと、はっきり言ってくれれば、淡い期待も抱かず、裏切られる恐怖に身をすくませる事も無い。
 認められ、価値を得るのを期待し、もう一度裏切られたら、今度こそ壊れてしまう。強者のお遊びから、必死で逃げようとした。

 大嫌いなミスカに、好かれるようなことなど何一つしたことはない。
 本気で愛され、価値を感じてもらえるはずがない。
 信じられるものか!!!

 呪文の詠唱をはじめたエリアスの両手に、強大な雷が宿っていく。ツァイロンが悔しそうに顔を歪めた。

「残念だミスカ。お前はわたしの最高傑作なのに」

 俯いたまま、エリアスは皮肉な笑いを押し殺す。
 ここにきてまで、ツァイロンはミスカを認めている。手離すのが惜しいと嘆いている。
 今ここで、ミスカを殺せば、ツァイロンは認めてくれるだろうか。
 ミスカを除けば、今のエリアスは、ツァイロンの作ったどの実用タイプよりも高い魔力を持っている。結界張りも情報収集も、誰よりも上手く出来る。
 ミスカさえ……ミスカさえいなければ……。

「ミスカ……わたくしの欲しいものをください……」

 掠れて飢えた声が、喉から滑り落ちる。
 ツァイロンが理不尽で非道な主であるのは承知だ。
 それでも……培養液の中の記憶は強烈に刷り込まれ、求めずにいられなかった。

「わたくしに、あなたの、命を、ください」

 コイツは償うべきだ。
 自分が暴いた飢えに食いつかれ、満たす事で償え!!



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