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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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36 咎人の償い-3

ジェラッドの宿場町を最後に、ミスカとろくに口を聞いていない。
 ゼノに帰ってきてから、定期報告は何度かした。
 しかしミスカは、ごく義務的に報告の受け取りをするだけで、さっさと帰ってしまう。
 昨夜などは、ついに通信魔法の呼びかけに出なかった。

 ミスカの『欲しいもの』が何かなど知らない。
 ただ、エリアスを代用品にするのにも飽きた、それだけだろう。
 心臓を水触手で締め付けられているような不快感に、必死で薄膜の蓋をする。

(別に……かまいませんよ)

 気分を切り替えようと、もう一度窓の外へ視線を向けた時、遠い空でキラリと光るものが映った。
 日光の反射かと思ったそれは、勢いよく窓から飛び込み、エリアスの胸へ吸い込まる。

「っ!?」

「エリアス!?大丈夫か!?」

 しかし、驚いてかけよるアレシュの声も、エリアスの耳には入らなかった。
 飛び込んできたホタルのような光は、間違えようがない。
 海底で厳重に保管されているはずの、『命のかけら』だった。

「どうして……」

 続いて頭の中に、いつもと違う通信魔法の周波音が響き、エリアスは顔色を変えた。緊急事態を告げる警報音だった。

「おい、エリアス?」

「失礼します!」

 自室に飛び込み、もどかしく施錠と防音をかけて通信魔法に応える。
 だが、いつもなら綺麗な円形に開く空間はひしゃげた形に絶え間なく歪み、その向こうに写る顔も、切れ切れの不鮮明なものだった。

「エリアス……」

「ツァイロンさま!?」

 いびつな空間の中、ツァイロンが写っていた。額からは血が流れ、いつも几帳面に整えている髪や服もボロボロだ。細い目は怒りに吊り上り、鬼のような形相になっていた。

「エリアス、ミスカを殺せ!!」

「なっ!?」

 普段のエリアスらしくもなく、動揺に上擦った声で叫んだのは、それだけ衝撃の深さを表していた。

「アイツは命のかけらを全てブチまけ、水盤を壊して逃げた!!追跡魔法で、第17実験場跡にいるのはわかっている!転送してやるから、すぐに始末……」

 火を噴きそうな勢いでまくしたてたツァイロンは、不意に言葉を切った。疑わしそうにエリアスを睨む。

「まさか、お前がミスカと共謀したのか?」

「い、いいえ!」

 藪から棒の疑いに、必死で首を振る。

「命のかけらが急に飛び込み、何事かと……」

 文官服の胸元に飛び込んだ光は、何事もなかったようにエリアスの体内へ定着している。
 全てという事は、無数にいる他の実用タイプや使用人たちも、主たちに握られていた命を取り戻したということだ。

――しかしそれに、何の意味がある?

 命のかけらを取り戻したところで、海底城を敵に回して生きられるはずもない。
 もしこのままエリアスが逃亡でもしようとしたら、死ぬまで追い回され、とびきり無残に処刑されるだけだ。

「フン。共謀していたら、この通信にも出るはずはないな」

 怒りに引きつる声で忌々しげに頷き、ツァイロンは自分を納得させたようだった。

「完全に制御した魔眼を侮っていた。まさか竜化して城の結界まで突き破るとは……」

「ツァイロンさま、ミスカはなぜ……」

 エリアスの問いに、返答はなかった。

「トカゲ避けと魔力増強を貸してやる。深手は負わせたが、手負いでもやはりアイツは最高傑作だ。念を入れて確実にしとめろ」

 通信空間の向こうから、二つの腕輪が放り寄越される。
 細い腕輪はどちらもプラチナで、上腕部にはめるよう出来ていた。内側にはビッシリ魔法文字が刻まれ、片方には赤い魔石が、もう片方には緑の魔石がはめ込まれている。
 緑の石は、リザードマンから身を守る効果。赤い石は魔力の増強効果がある。

「わたしが始末をつけたいが、便乗して逃げようとした者たちの始末に忙しい。おまけに水盤が直るまで、一度外に出たら戻って来れんからな……まったく!」

「……」

 ずっと大人しくしていたミスカが、どうして突然裏切ったのか、海底城から逃げられるなど、愚かな考えを実行したのか……もう一度尋ねようと口を開きかけ、やめた。
 そんな事を聞いて何になる?
 二つの腕輪をはめ、静かに答える。
 主の命に返答を許されるのは、この一言のみ。

「かしこまりました」

 いびつな円の向こうで、ツァイロンが転送呪文を詠唱する。
 エリアスの身体が徐々に透き通り、数秒後には室内から消えていた。



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