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春の雷
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損な人-1

あなた損な性格でしょう、と云われた。
云ったのは中村さんで、中村さんは会社の同僚だ。背の高い中村さんを首が痛くなるほど見上げる私に、淡々とした声で彼は云った。
「ええ、まぁ」
私は曖昧に頷き返した。損も得も、自分の性格について考えたことなどなかった。私は茫洋とした人間なのだ。それは間違いない。
しかし中村さんに密やかなる好意を寄せている私は、自分の性格についてすら考えないような人間だと、思われたくなかった。何故だかはわからないけれど。
一方私のそんな懊悩など知らない中村さんは、淡々とした様子で、やはりそうですか、と得心がいった風に呟いた。
そして、火の点いた煙草を唇に銜えた。深く息を吸いこんで、煙と共に吐き出す。
男前なので、それだけの行為でも絵になるほど格好いい、と私は思う。ついつい見惚れてしまう。
「もしもし、田沼さん」
ぼうっと中村さんを凝視している私に、中村さんは右手をひらひらとさせた。
はっと慌てふためく私。
苦笑いの中村さん。
「田沼さん黒目がちなんだから、あんまり人を見つめちゃ駄目ですよ」
僕も今どきどきしちゃいましたよ、と中村さんは呑気に声を立てて笑う。
人の気も知らないで、と私は不当なる恨みを抱く。文字通り中村さんは私の恋慕の情など知らないのだから、それはもう立派な逆恨みなのだが。
先に立って歩き出した中村さんの背中を、私はじっと睨みつけた。酷い酷い酷い、と念を送ってみた。舌を出してあっかんべーをしようかとも考えたけれど、それはさすがに断念。
細やかな報復に飽いた私は、さり気なく中村さんの隣りに並んだ。そしてやはりさり気なく、そういえば、と話しかける。
中村さんは銜え煙草のままで振り返った。
「どうして私が損な性格だと思ったんですか」
人差し指と親指で煙草を挟んだ中村さんは、にやりと笑った。男前なので、そんな表情も似合う。
どきどきと見つめている私に顔をぐいっと近づけて、中村さんは囁くように云った。

「あなたが、いつまで経っても僕に告白できないでいるからですよ」

…とりあえずは中村さんに、携帯電話の番号くらい訊いてみようと思う。



(了)


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